世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】山際寿一「ゴリラからの警告『人間社会、ここがおかしい』」

今年142冊目読了。霊長類学・人類学者、京都大学総長の筆者が、ゴリラの目で見た人間社会の不思議を見つけ出し、その働きを検討する一冊。


京都大学の総長とは思えない(←誉めている)軽妙かつくだけた語り口で、非常に読みやすい。


人間の関係性について「人間にはサルと違うところが二つある。まずは、人間は食材を調理して食べるという点。もう一つの違いは、人間が食事を人と人とをつなぐコミュニケーションとして利用してきたこと」「けんかの種となるような食物を分け合い、仲良く向かい合って食べるということに人間がわざわざ時間をかけるのは、相手とじっくり向かい合い、気持ちを通じ合わせながら信頼関係を築くため」と『食の共有』を挙げているのが興味深い。確かに、動物としてはかなり不思議な方法だよな。


そして、コロナ禍において「共食と音楽は、言葉が登場する以前から人間に備わった、類人猿にはほとんど見られない特徴である。これらのコミュニケーションによって発達したのが、他者を思いやる心の働きだ」「人間がゴリラと違うのは、自分が属する集団に強いアイデンティティーをもち続け、その集団のために尽くしたいと思う心があることである。これは子ども時代に、すべてをなげうって育ててくれた親や隣人たちの温かい記憶によって支えられている」「人間の体も心もテリトリーではなく、養育を通して家族のつながりへ深く結びついている」のあたりは意識すべきと感じる。これが画面越しにできるとは思えない。


知らなかったこととして「人間の目には、サルや類人猿の目と違って白目がある。この白目のおかげで、1〜2メートル離れて対面すると、相手の目の動きから心の状態を読み取ることができる」「人間の微笑は相手に自分が敵意を持っていないことを伝え、相手との緊張を解く。でも人間の笑いの多くは、サルたちの遊びの笑いに由来する表情だ。そこには相手と楽しさを共有しようとする気持ちが含まれている」のあたりは面白かった。


ヒトをヒトたらしめるのは「言葉は、環境を名付け、それをもち運びせずに他者に伝える効率的なコミュニケーションである。見えないものを見せ、現実にはないものを想像させて、人間に因果的な思考や抽象的な概念をもたらした」「人間の理性は感情の進化の上に思考という心の働きが加わって生まれてきた」のあたり。確かに、ゴリラと比較するというのは納得がいくなぁ。


人間と信頼に関しての「人々の信頼で作られるネットワークを社会資本という。何か困った問題が起こったとき、ひとりでは解決できない自体が生じたとき、頼れる人々の輪が社会資本だ。それは互いに顔と顔とを合わせ、時間をかけて話をすることによってつくられる。その時間は金では買えない。人々のために費やした社会的な時間が社会資本の元手になるのだ」「幸福は仲間とともに感じるもので、信頼は金や言葉ではなく、ともに生きた時間によって強められる」も、コロナ禍で揺さぶられているが、本質は変わらない、と感じる。


筆者の述べる「現代の私たちは、一日の大半をパソコンやスマホに向かって文字とつき合いながら過ごしている。もっと、人と顔を合わせ、話し、食べ、遊び、歌うことに使うべきなのではないだろうか」「現代は、知識そのものではなく、実践する力や考える力を教える時代であると私は思う。過剰な情報はむしろ人々から想像する力を奪う。人間の身体を使って何ができるか、どんな発想の展開が可能か、それを知るには人と出会い、実践の場に参加しなければならない」「人間が心地よく思索にふけるためには、自然のなかをひとりで歩くのが一番だ」のあたりの警句は重い。コロナ禍で、さらにパソコン・スマホ依存が加速する中で、どうあるべきか、という問いを突き付けてくる。読み口はさらりとしているが、心して読まないと、という本だ。