今年67冊目読了。発酵デザイナーの筆者が、自らの経験をもとに伝統との向き合い方を考察する一冊。
新聞の推薦図書にあったので読んでみたら、なかなか深い内容で、圧倒された。
筆者は、伝統が危機に瀕していることに対して「原料がない、つくる人がいない、資源や設備がない。食のこと、ものづくりのこと、地方のこと。社会全体で、僕たちひとりひとりで長い間軽視してきた結果が出てしまった」「みんなで伝統『ではない』ものを選んできたんだから、なくなっていくのは必然ではないか。この状況を引き起こしたのは、環境問題でも人口問題でもなく、僕たち自身の意志による『選択』の結果ではないのか」と警鐘を鳴らす。
そのうえで「日本各地には素晴らしい伝統が残っている。それを活かした、より良い未来の社会をつくっていきたい」とし「『日本スゴイ!』と肥大化した自分を誇示する伝統ではなく、自分たちを取り巻く困難や、弱さからこそ生まれる伝統。それこそが日本で生きる僕たちの未来を照らすものなのだ」と主張する。
筆者は、伝統という言葉の使い方にも言及。「小さな共同体で共有されていたプライベートな事象を、国家というパブリックなものに仕立て上げるのが伝統を生み出す原理ではないか。この原理を国民国家に適用した悪い例が、ナチス・ドイツや大日本帝国だった」「伝統はときに壮大な目くらましとして機能する。一部の権力のために、ある民族全てを根絶し、ある民族がいた空間を塵にし、ある民族がいた記憶を抹消する。生身の人間による行為に満ちた『あいま』が消えたとき、人と人とはとなり合うことをやめ、暴力に向かい合わせられ、伝統の名目のもとに、誰かの伝統を根絶やしにしようと争い始める」と警鐘を鳴らす。
さらに掘り下げた「『〇〇すべき』という伝統は往々にして政治的な言葉やイデオロギーの姿であらわれて、人々の言動を強制する」「それに抵抗するのは、『つくる』ことによる伝承。言葉を封じられても身体による行為を介して未来に『手』で渡す伝統だ」のあたりは頷かされる。
伝統という言葉のニ軸性についての「言葉(とりわけ文字)による伝統は伝達のブレが少なく、不特定多数の人に共有しやすくなるが、共有人数が大規模になったときの権威化も起きやすい。いっぽう、つくることによる継承は普遍性の真逆、個別特殊性から逃れられない。しかしその再現性の低さこそが、成熟した個人による社会において価値を生むのだ」という分析は非常に鋭いと感じる。
ユニークさについての言及「暮らしのニーズに応えていった結果として、その土地なりのユニークさがあらわれる。このユニークさは『他と違うものを作ってやろう』という自己表現ではなく、厳しい環境のなかで少しでも心地よく暮らしたい、という願いから生じるユニークさ」「人の創造性が『さまざま』だからユニークになるのではない。世界そのものが『さまざま』なのでおのずとユニークになるのだ」は興味深い。確かに、人間の営為はだいたい似たようなものになるからなぁ。
筆者は、日本の伝統について「元気をなくしているように見える日本に生きる僕たちに必要な伝統とは、変わるための伝統。生き延びるために使い倒す伝統。伝承する手や感性に、無限のインスピレーションが湧いてくる伝統。つくることで、シェアすることで無限に変化し、エネルギーを引き起こす伝統だ」「環境と自分とを区別しない日本のものづくりの真髄は、風土そのものと化した人の手に宿っている」と見解を述べる。
そのうえで、日本人の特性と、今後の可能性については「日本人は、自分の中に揺るがない理想を持つことができず、自分と隣人の『あいだ』にみずからのアイデンティティを置く。だからこそ他人の振る舞いが過剰に気になり、他人に対しての申し訳なさにとらわれる」「日本の特殊な風土に生まれてなお、ひらかれた普遍を生きるための鍵は、『すなわち自然にとなり合って人間が生きていくその生き方』にある」と、独自の視点を展開する。
では、どうすればよいのか。筆者は「つくることをおろそかにすること、風土や歴史を忘れること。それに対して何ができるかは、1つは買い支えること。もうひとつは、つくることで、今からすぐに、無理なく自分のできる範囲で担い手になること」「どう考えるかではなく、どうあるのか。理解ではなく、了解して引き受けること。絶対の答えを探すのではなく、自分の生がひとつの答えであると信じること」と提言する。
上記以外にも、伝統について「伝統はもともと過去と現代が入り混じりながら変容していくものだった」「先入観によって違う時代の出来事に違和感を抱いた瞬間ーそれこそ過去に『語りかけられる』ということであり、伝統の価値が最も輝く瞬間」「伝統が宿るのは人そのものにではない。人と人とが何かを受け渡す、その『あいま=空間』に宿る」とみる記述は納得性が高い。その観点はなかったな、と脱帽。
その他、なるほどと感じたのは「どんな賢人であっても、個人の意思や見通しだけを頼りにこの巨大な世界を管理することはできない。だから伝統という異なるバックグラウンドをもつ複数の人々によるコミュニケーションの中で、おのずから発生してくる秩序を導きとしたほうが結果的に良い」という記述。
新書ながら、何気なく読むレベルの本ではない、ということを痛感。これは勉強になった。