世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】エドワード・ルトワック「中国4.0」

今年60冊目読了。ワシントンの大手シンクタンク、戦略国際問題研究所の上級顧問である筆者が、暴発する中華帝国について分析する一冊。

畏友さんが薦めていたので読んでみたら、なるほど、新書とは思えない重厚な分析と洞察の記載が数多い。これはすごいな。

筆者は「中国は、政府の意思決定プロセスが完全に秘密のベールに包まれている」ことを前提に、日本の考慮すべき点について「中国に対峙する日本には、逃れられない現実として①13億人のための意思決定が、たった一人の手に委ねられつつある②日本の離島を守るための実際的かつ現実的な準備を、誰の助けも借りずにしておかねばならない③中国国内では、世界の文化と人道的な徳の需要が着々と進んでおり、心配すべきは短期的展望だけ」と概観。

中国1.0を『200年代の平和的台頭』とし、「国際的な規範や制度、そして法律などをよく守り、台頭を平和裏に、しかも周辺国の警戒心を呼び起こすことなく実現した」とする。

中国2.0を『対外強硬路線』とし、3つの錯誤「①金は力なり②線的(リニア)な予測③二国間関係を持つことができる」によって間違えた、とする。

中国3.0を『選択的攻撃』とし、「実質的に、チャイナ2.0の侵略的な態度と、チャイナ1.0の平和的台頭のどちらも拒否し、妥協案として、二つの間をとったもの」とする。その要素を「①反撃してきた側への攻撃をやめる②新型大国間関係という米中二国間関係のアイデアに乗る」とし、特に後者は「最初は対等な立場だが、中国が発展していけば、最後はアメリカが中国に依存して従属するようになる。そうなってこそ、本来の『天下』が修復され、アヘン戦争からはじまる『百年国恥』も、ようやく終わりを告げる」という考えだ、と指摘。

尖閣問題について「アメリカは、核戦争や大規模戦争の抑止はできているし、大規模戦争を戦う準備もできているが、日常的な小さな脅威は、日本が自らの力で対処すべき問題」「中国の脅威に対処するには、①ハード:艦船や戦車といった物理的装備②ソフト:自分の領土を自分で守るための安全保障関連の法整備」
2015年現在の中国の矛盾した要素として「①巨大な人口を抱え、経済力は世界規模を誇り、巨大な軍事力も持っている②そうした大国の中国がアフリカの独裁的な小国と同じような、政治的不安定性を抱えている」とし、「日本の隣には、巨大でありながら先の見えない国が存在する」状況、と分析。

では、日本はどう中国に対峙すべきか。筆者はまず「慎重で忍耐強い対応は、通常、ほぼ全ての国に対して勧められるものだが、中国のような、規模が大きく、独裁的で不安定な国家に対しては、それが逆効果である」と指摘。
日本の効果的な対処法は『封じ込め』だとし、「意図的な計画は持たないままに、ひたすら『反応する』ことに主眼を置く」「『多元的能力』を予め備えておくことによって、尖閣に関する『封じ込め政策』は、初めて実行可能なものとなる。中国が尖閣に上陸すれば、外務省、海保、海自、陸自、空自のすべてが予め用意していた対応策を即座に実行に移すのである。単なる批判では全く効果はない。具体的な対応策を事前に想定してすぐに実行できるよう準備しておくべき。重要となるのは、最大限の確実性と最小限の暴力」ことを提唱する。

パワーバランスへの分析もさすが。「戦略の逆説的論理として、ある国が大きくなって、しかもそれが平和的台頭でなければ、かえって立場が弱くなる。大国が小国を脅かす際には、小国を他国が支援する構造が生まれる。ところが中規模の国家が小国を攻撃する場合には、勝利できる可能性がある。中規模国家を恐れる国はそもそも少ないので、周囲がそれに対抗しようとはしない」「戦略というものを理解しない者は、まず最初の一手を繰り出して、その次の手、そしてその次の手を繰り出していけば、それが最終的に勝利につながると考えがちだ。ところが実際には、自分が一手を繰り出すと、それに対してあらゆる反応が周囲から起きてくる。相手も動くし、状況も変わり、中立の立場にいた国も動くし、同盟国も動く。そこにはダイナミックな相互作用があるのだ」のあたりは、留意したいところ。

国ごとの特徴への言及も興味深い。ロシアは戦略を除いてすべてダメだが、中国は戦略以外はすべてうまい」「中国の最大の弱点は、国の歴史の長さ、規模の大きさ、そしてその複雑性から生じる、慢性的な『内向き』の性向にあり、中国のリーダーは外の世界を見ることができない。代わりに彼らは『自分たちに都合の良い外の世界』を発明、強化していく」「今日の韓国人は、日本人に従っただけの自分たちの祖父たちを恥じている。その恨みが現在の日本人に向けられている。だからこそ、彼らは決して日本人を許せないのだ」「中国は戦争に負ける文化を持っている。戦略文化が弱いのは、内的なコンセンサスの欠如と、外的な理解の欠如にある」という観点は、日本人からは見出しづらいところである。

国家のダイナミズムについての「経済力と国力の間には『先行』と『遅れ』が存在する」「巨大な間違いを犯すには、そもそもそれだけの能力や資源が必要」「冷静な頭脳は、感情に圧倒される」「国家には、パラメータと変数がある。パラメータは国家そのものの性質、変数はその時の政府の決定によって変化する政策」「一般的に外国についての理解度は、国の大きさに比例する。国の規模が大きくなれば、外国についての理解度が落ちる」も、非常に納得である。

2016年の書籍だが、10年を経た2026年でも筆者の分析・言及は極めて至当。これは一読をお薦めしたい。

【読了】吉田裕「日本軍兵士」

今年59冊目読了。一橋大学院社会学研究科教授の筆者が、アジア・太平洋戦争の現実を炙り出す一冊。

畏友さんが薦めてくれていたので読んでみたら、なるほど、これは暗澹たる気持ちになるが、大事な教訓が溢れている。

筆者は「『死の現場』の問題を大きな歴史的文脈のなかに位置付けたい。アジア・太平洋戦争における凄惨な戦場の実相、兵士たちが直面した過酷な現実に少しでもせまりたい」と、この本を執筆した狙いを明示。

筆者は「全戦没者のなかで1944年以降の戦没者が占める割合は、実に91%に達する。日本政府、軍部、そして昭和天皇を中心にした宮中グループの戦争終結決意が遅れたため、このような悲劇がもたらされた」と言及。他方、国家意思決定が遅れたのは明治憲法体制そのものの欠陥があるとし「統帥権の独立、国家諸機関の分立性(内閣総理大臣の権限が弱い)」にある、とする。

腹が減っては戦はできぬ、なのだが「食糧などの給養の不足、戦闘による心身の疲労など、戦場の過酷さにき起因るものではあるが、ストレスや不安、緊張、恐怖などによって、体内環境の調節機能が変調をきたし、食欲機能が失われて摂食障害を起こす」「戦争栄養失調症は、戦争神経症の問題と重なり合っている」
「神経症を直視せず、『疲労問題』を重視するならば、問題解決の方向は『疲労回復』に向けられる。1942年7月、海軍は『除倦覚醒を目的とする特殊製剤』=『除倦覚醒剤』の研究を開始した」という無茶苦茶な対応策を見ると、これは勝てるわけないな、と感じる。

環境面においても劣悪さが目立つ。「私的制裁の弊害が指摘され、その根絶が建前としては軍内で強調されながらも、それがいっこうになくならなかったのは、軍幹部のなかに強い兵士をつくるという理由で、容認あるいは黙認する傾向が根強かったから」「極度の過労と栄養の不良が結核の温床となった。私的制裁に代表されるような軍隊生活の欠陥を根本的に改革しなければ、結核を防止することはきわめて困難だった。しかし、軍は軍隊生活の改革に着手しなかった。結核患者に対する軍の基本的政策は、結局は『排除』だった」のあたりは、読んでいて苦しくなる…

さらに「連合軍の反攻作戦が始まると、戦闘に敗れ戦線が急速に崩壊したときなどに、捕虜になるのを防止するため、自力で後退することのできない多数の傷病兵を軍医や衛生兵などが殺害する、あるいは彼らに自殺を促すことが常態化していった」となると、一体何と戦っていたのか?と暗澹たる思い。

兵隊を人と思っていない傾向も「文明が進んでくると、どこの国でも、歯科医を将校として採用しなければ困るような状態になってくる。日本の海軍では、太平洋戦争の直前に、やっとその制度ができた。それだけ、日本人の文化水準が低かったわけである」「日本陸軍では陸軍軍人休暇令により、請願休暇、定例休暇などの休暇が認められていたが、戦地の動員部隊に所属している兵員には本令による休暇すら認められなかった」「歩兵の負担量の能率的限界は、体重の35ないし40%とされていたが、近代戦闘の複雑化に伴い、兵の戦時負担量は体重の50%を超過した」のあたりから見えてくる。
だいたい、足元からしてひどい。「前線への軍靴の補給が途絶えたため、行軍の際に通常の軍靴を履いていない兵士も多かった」「日本軍の場合、水虫の感染はとりわけ深刻な問題だった。靴を履く習慣をあまり持たない日本人が常時靴を履き、集団生活を営む場が軍隊だったからである」は、本当に最前線への意識の欠落を痛感する。

筆者が挙げる日本の陸海軍の軍事思想の異質さとして
①欧米列強との長期にわたる消耗戦を戦い抜くだけの経済力、国力を持たないという強い自覚から、長期戦を回避し『短期決戦』『速戦即決』を重視する
②作戦、戦闘をすべてに優先させる作戦至上主義
③日露戦争後に確立した極端な精神主義
は、本当にそのとおり。城郭好きとしては、戦国時代の日本は決してこんなことなかったのに、なぜこうなってしまったのか?と首を捻らずにいられない。

新書だが、読み応え十分。後世のためにも、読み継がれるべき本だ、と感じた。

【読了】紺野登「儲かるオフィス」

今年58冊目読了。KIRO株式会社代表、多摩大学大学院経営情報学科教授兼知的リーダーシップ綜合研究所長にして京都工芸繊維大学次世代オフィス研究センター特任教授の筆者が、社員が幸せに働ける『場』の創り方を提唱する一冊。

筆者は、儲かるオフィスの特徴を分析。
●有機的な空間の構成:従来のように機械的でなく、組織図にとらわれない人間的ネットワークを重視する
●切れ目のないレイアウト:身体的、感情的なつながりを重視し、組織文化、協調的リーダーシップの生まれる場となる
●環境への配慮:自然を巧みに取り入れ、組織、職場が社会の動きに応える
→働く人が知を育めるように、コミュニケーションを図りやすいように、環境を整えた上で、ひとりの人間としても『よい』仕事ができるように配慮している

現代オフィスの経緯は「20世紀型オフィスは『分業化と階層化した組織構造』『情報処理システム』『閉じたオフィス』が三位一体となって出来上がったもの。しかし、オフィスの目的は情報処理から知識創造とイノベーションに移った」と分析。
そのうえで「『儲かるオフィス』の出発点になるのは、組織図には載っていないようなダイナミックな関係性を組織の内外で生み出すこと。組織のソーシャル・キャピタルを生み出すための『場』づくりをきちんと行うことが知識創造プロセスを動かし、『儲かるオフィス』をつくる前提条件となる」「『場』とは、働く人々が知識を創造・活用する上で相互に意味を共有するための動的な文脈」「『場』は、不確実性を取り入れ、未来を生み出すもの」と、発想の転換を迫る。

20世紀型のオフィスを脱却する効用として「決められた席では日常の思考やコミュニケーションも固定化してしまう。座る場所を変えれば、ものの見方が変わり、新たな対話の機会が生まれ、知の融合を促す。結果的に知的創造が促進される」「組織の知識は、暗黙知と形式知の相互作用で創造されていく」「オフィスは社員が『居る』ためのものでなく、コミュニケーションを活性化し、社外をも含む知を集積する触媒装置。その知の蓄積の上に、イノベーションが誘発される」とする。

とは言いつつも、「フリーアドレス制だけで創造性は育めない」とし、人々が自律的に場を生み出し、維持するためのプラクティス・プラットフォームの五階層という視点が必要と主張。「①ソーシャルデザイン(社会層):組織内部の知識資産を豊かにし、知識創造を実践するための社会的関係性のデザイン、重層的な場を生み出す。②物語性(文化層):組織文化の表出、ビジョンや価値観の共有、物語を埋め込んだ空間を生み出す③ニューテイラーリズム(業務機能層):効率性や生産性を含みつつ、イノベーションを起こすための開発機能と知識創造機能を備えた場を生み出す④バーチャルワークプレイス(情報ネットワーク層):ネットワークや仮想空間を使い、物理空間と仮想空間を融合することで場を生み出す⑤ナレッジシティ(都市・環境層):都市との連動、街などとの相互浸透により、都市のインフラを活用して場を生み出す」を示す。

筆者は「ワークプレイスづくりはハードだけではなく、そこで行われる人々の活動や、その場の構造を統合的にデザインすることが何よりも大事」とし、ワークプレイスのあり方は「①知識社会・経済への変化に身を投ずることで顧客価値を生み出す②自らが知識サービスの提供者となる③前述2つによって、働く人間の創造性や想像力を発揮させる組織を生み出す」。評価は「①コラボレーションなどによる協業・創発効果②コスト削減、スピード短縮などによる効率・改善効果③企業イメージの一貫性効果」で図るべき、とする。
ワークプレイスは10年先を見て計画すべき、と筆者は提唱。検討手順は「①何のためのワークプレイスか、大目的、原点を考える②変化要因を抽出し、自社にとって代わることのない価値の部分と、変化に前向きな価値の部分を調和させるようにして、代替シナリオを考える③それらを総合して基本構想をつくる。場のコンセプトを抽出し、ハード、ソフト、サービスを統合する④人々を巻き込み、ビジョンや考え方を共有する⑤場合によっては計画を縮小し、部分的に展開していく。仮説と検証を繰り返す⑥評価を行う。柔軟に創造的に評価し、対話を重視する⑦オフィス(ハード)ができたらおしまい、ではなく、そこから始める」を推奨する。

2008年の本だが、読み応えあり、他方、そのとおりになっていないのは、筆者の読み違えか、はたまた世の中の理解の甘さと惰性か…
その他、心に残ったのは「イノベーションは書類(提案書)からではなく、人々から生まれる」「表層的なレイアウト変更やPDCAのような改善サイクルではなく、質の高い知識集積力を組織が維持することがイノベーションを生んでいる」「リーダーの役割として重要なのは、従業員参加型のプロセスを踏みながら組織を創り上げることであり、ワークプレイスという『場』はそのための舞台」「多くの企業は、組織の物語を埋め込み、組織文化を表出した空間をつくる重要性に気づいていない」「ハードよりソフト、マインド、リーダーシップが本質となる。運営が8割、と心得る」のあたり。なかなか勉強になった。

【読了】ブレイディみかこ「他者の靴を履く」

今年57冊目読了。ベストセラー作家の筆者が、アナーキック・エンパシーを推奨する一冊。

これまた畏敬する先達さんがお薦めしていた本。当然の圧倒的な読み応え。なかなか図書館で予約待ちが長かったのも、むべなるかな。

イギリスでコロナ禍の中、本書を執筆した筆者は「『わたしがわたし自身を生きる』アナキズムと『他者の靴を履く』エンパシーは、一つに溶け合う風景を目の前に立ち上げてくれた」と状況を分析。

エンパシーとシンパシーについて「エンパシーは能力だから身につけるものであり、シンパシーは感情とか行為とか友情とか理解とか、どちらかといえば人から出てくるもの、内側から湧いてくるもの」「シンパシーは情緒や感情だから瞬時にパッと湧き出てくる。他方、他者の靴を履いたら自分はどう感じるだろう、考えるだろうと想像する能力のエンパシーは、思考というクッションが入るだけに発揮するのに時間がかかる」と、その違いを明言。この観点は、なかったなぁ…

筆者は、標題にもしているエンパシーについて「『自由』になれば、人間は『他人の靴を履く』ことができる」「誰かの靴を履くためには自分の靴を脱がなければならないように、人が変わるときは古い自分が溶ける必要がある。言葉には、それを溶かす力がある」と言及。エンパシーが発揮できていない現代社会について「わたしたちは日々、いったいどのくらい本当に自分が言いたいことを口にしているのだろう。自分が思っていることや考えていることを言語化しない(または、できない)ままに会話を流していることが大半
」「SNSがふだんの生活では信じられないような非人間的な言葉が渦巻く場所になってしまうのは、匿名で書けるからというより、あまりにピュアに『見られることがすべて』の『表舞台』なので、他者を一人の人間として見られなくなり、エンパシーが機能不全になるからではないか」と考察する。

筆者は、諸々思索を巡らせ、様々な哲学者の考えを引用しながら「実は人間は利他的になったほうが自分を利する」「互いをケアし合い生きていく人々の世界は、人々が互いを自由にする世界ともいえる」という原則に至る。
しかしながら、世の中においては「男性はエンパシーがあることを見せると不利な立場に立つ」「女性は『勝たない』スタイルでやんわり人々を率いても『弱い』と言われないので、女性リーダーのほうがエンパシーに長けているように見える」というのもまた現実…

大事な視点として「自分は自分。他者とは決して混ざらない。その上で他者が何を考えているかを想像・理解しようとする」「『楽しいか、悲しいか』の尺度ではなく『深いか、浅いか』『豊かか、貧しいか』を忘れるべきでないのは、それは個人的なだけではなく、社会をより良いものにしていくためにも重要な尺度だからだ」の言及は重い。
他方、日本人独特の「『迷惑をかけたくない』という日本独自のコンセプトは、一見、他者を慮っているようで、そうでもない。人を煩わせたくないという感覚は、人にも煩わされたくないという心理の裏返し」「『迷惑をかけたくない』という概念は遮断的でエンパシーの機能をブロックする」も、留意すべきところだなぁ…

エンパシーを闇堕ちさせないためにも「エンパシーを働かせるために自己を失う人は、もともと持っていた自分自身を失うのではなく、エンパシーの対象である強烈な自己との比較によって、自分の自我のなさを感じてどんどん無私になり、空疎で希薄に感じる自分を、強烈な自我を持つ他者に譲り渡してしまうことになりかねない」「アナーキー(あらゆる支配への拒否)という軸をしっかりとぶち込まなければ、エンパシーは知らぬ間に毒性のあるものに変わってしまうかもしれない」と警鐘を鳴らす。
そして、エンパシーの力について「エンパシーは一つのスキルであるから、それ自体には光も陰もない。光にするのも陰にするのも、その技術を使っている者次第」「個人の視野に広がりと深みを持たせるためにエンパシーが役立つ」「エンパシーは必ずしも他者理解のためだけの能力ではなく、自己理解にこそ有益ではないか」との考察は唸らされる。それは考えなかったな…

筆致は柔らかめながら、中身はとても歯応えのある、なかなかな本。これは読んで良かった。やはり、先達はあらまほしきものなり、を痛感。SNSも、使いようなんだよな…

【読了】品川皓亮「資本主義と、生きていく。」

今年56冊目読了。株式会社COTEN歴史調査チームの筆者が、歴史と思想で「構造的しんどさ」の正体を解き明かす一冊。

スーパー読書家の畏友さんが薦めてくれていたので読んでみたら、なるほど、これは実に面白い。構造的に資本主義と、それに伴う生きづらさを捉える、というのが納得性がある。

筆者は「多くの現代人が抱える『しんどさ』の要因は、資本主義という社会の仕組みに集約される」「この構造的なしんどさの正体をあきらかにすることができれば、私たちの悩みの本質が解き明かされていく」と主張。
人文知を人生に活かすために「①個人視点の原則:主語を大きくし過ぎない②バランスの原則:極端に走らない③希望の原則:脱力系の教えに安心しない」の思考スタンスを推奨する。

しんどさの要素は6つある、として
①時間:「『自然と一体となった循環的時間感覚』と『近代的な時間支配に基づく時間感覚』との引き裂かれから<時間>という追手が生まれる」
②成長:「『生き残るために進歩せよ』という社会的圧力と『ありのままの自分の生をまっとうしたい』という本能的欲求との間で引き裂かれた心の叫びが<成長>という追手を生む」
③数字:「『すべてを数字で測ろうとする世界』と『それに抵抗したい心』との間で私たちは引き裂かれ、<数字>という追手に追い詰められる」
④労働:「『労働の本来的な辛さ』と『人類が上乗せしてきた期待』の間で私たちは引き裂かれ、<労働>という追手に追い詰められる」
⑤お金:「『お金に執着するな』と『もっと稼げ』という価値観の間で私たちは引き裂かれ、<お金>という追手に追い詰められる」
⑥消費:「『真の欲求』と『偽の欲求』の区別がつかない引き裂かれた混乱状態が、<消費>という追手を生む」
→この追手の親玉として「資本主義」がある、とする。

これを資本主義の構成要素に読み替えると
①分業:効率化と生産性への信仰を生み、やがてその発想は人々の私生活をも侵蝕し、<時間>という追手に変化を遂げた
②市場:人類を豊かにした一方で、人々の欲望を操作し満足させないようにする<消費>という追手を生み出した
③商品:資本主義における物象化された世界では、人間の上に商品があり、その頂点に貨幣が君臨する
④資本:資本家による搾取の構造は、労働の長時間化や労働の疎外という形で、<労働>という追手によるしんどさに拍車をかける
⑤イノベーション:現代人が苦しむ『成長の呪い』を強め、<成長>という追手をより強大な存在にしている
⑥金融:一人歩きし、人間の意思や努力とは無関係に膨張するおそれが常にある
→「資本主義は欲望拡張原理に貫かれており、人類の欲望は『外へ・内へ』と拡張を続けてきたが、その先に確固たる目的があるわけではない」

これらの検討を踏まえ、筆者は「いつも誰かに『追われている感覚』は、資本主義のモノサシと人間のならではの価値観との緊張関係によって生じる。これを調和させるために『資本主義との距離感』が重要」と提言。
6つの追手ごとに調整するとよい、として
【時間】循環的な時間感覚を取り戻す
・「時間が足りない」という前提を疑う
・時間支配の内面化を防ぐ
【成長】進歩史観の物語から降りる勇気を持つ
・現状維持を「悪」と見なす思考パターンを疑う
・「休むこと」を自己目的化して休む
【数字】数値管理の弊害をよく理解する
・測定執着に陥っていないかを定期的に点検する
・金融の力を活用しつつ、過度に期待しない
【労働】「一生懸命働かないといけない」という価値観の内面化に気づく
・「働く自分=本当の自分」という思い込みを切り離す
・労働に上乗せされた「期待」を解体する
【労働】「お金と道徳の綱引き」をあえてし続ける
・「これ以上は余剰。あれば儲けもん」という線引きをする
・欲望を「敵」とせず、「観察対象」とする
【消費】「ほしい」という感情の出所を問い直す
・SNSは「消費の劇場」だということを意識する
・「楽しむことの強制」という逆説に気づく

最終的な心構えとして「資本主義との距離感は『時間はかかるが、変えられる』」「『欲望との距離の取り方』は『欲望を善用する』という発想も鍵になる」「あえて資本主義の『バグ』となることで、人生をより面白くすることができる」と提唱する。

ものごとは、構造を知って対応すれば、生ききづらさが解消できる、というのは魅力的。読み応えのある本だった。

【読了】野崎まど「タイタン」

今年55冊目読了。ベストセラー作家の筆者が、AI時代の生き方と、AIとの向き合い方を問う一冊。

畏敬する先達が薦めていたので読んでみたら、あまりの面白さに一気読みしてしまった。これはすごいな。

ネタバレ回避のため、気になったフレーズを抜き書き。
「心の問題を解決するには、まず自分の心を言語化することが必要なのです。それによって初めて心は形を持ち、触れられるようになるのです。日頃から自身の気持ちを言葉にしていきながら、自分自身の理解を深める。それが心の健康を保つ第一歩と言えるでしょう」
「手法の非合理を圧倒的な物量で解決してしまうというやり方は自然淘汰と生物進化そのものと言える」
「脳というのは究極まで練り上げられた芸術作品ではなく、歴史の中で苦肉の進化を繰り返してきただけの『間に合わせ』だ。いくらでも欠点があり、いくらでも改良できる」
「悩んで良いことがあるというならそうする。ないなら早い方がいい。それだけの話だ」
「『仕事ってそんな簡単なものではないと思うけど』『簡単さ。余計なものさえ入り込まなければな』『余計なものってなに』『人間だよ』」
「何もないというのは問題がないのと同時にフックもないという意味だ。フラットな平面では山登りはできない」
「想定しない力が働いた時、要請に最適化された構造は脆い」
「人はみんな反対のことを同時に考える。でも『反対だからどちらかが間違い』と思ってはいけない。二項対立になれば考えるのは楽になるけれども世界も心もそうでないことの方が多い」
「電話だけでできることは限られている。向き合って解ることがあり、向き合わなければ交換し得ないものがある。向き合うことそのものに代えがたい意味がある」
「概念や想いを伝えたい時、言葉はとても不便だ。けれど想いを交換するには言葉に多く頼らざるを得ない。人の自我は言葉でできているのだから」
「なぜ人間が言葉や表現法を駆使するかといえば安全な方法がそれしかないからだ。相手により強い感覚を与えたいと思っても、それで不可逆の損害が出ればデメリットの方が大きくなる」
「«影響すること»«影響を知ること»仕事をするだけじゃ駄目なのだ。仕事をした、と思いたいのだ。その上さらに面倒なことに、仕事と結果は見合っていなければならない」
「«仕事»が«影響すること»ならば。仕事の成功とは«影響を与えられること»に他ならない」

【読了】アーヴィング・L・ジャニス「集団浅慮」

今年54冊目読了。イェール大学の実験心理学者、カリフォルニア大学バークレー校名誉退職教授である筆者が、政策決定と大失敗の心理学的研究をまとめた一冊。

畏敬する先達が薦めていたので読んだ。これは分厚いが、それだけの価値がある一冊だ。

筆者は「集団的凝集性:メンバーの集団への肯定的な評価とそこに所属し続けたいという動機づけ」と定義。その特性を「凝集性が増すにつれて、集団メンバーをそこに留める集団の能力と集団行動にメンバーが参加する程度が増加する。集団的凝集性が高いほど、集団は、その規範への同調と、集団の目標、割り当てられた課題と役割を受け入れさせる力が強くなる。凝集性の高い集団はメンバーの安心感の源泉となり、不安を減少し、自尊心を高めるのに役立つ」と述べる。

筆者は、集団浅慮の危険性を事例から研究。その弊害を「グループの大多数のメンバーが意見の一致に到達したと見えるとき、リーダーが意図的ではなく強化してしまう微妙な制約が、メンバーが批判的な能力を十分に発揮し、あからさまに疑問を表明することを妨げてしまう」「メンバーが全員一致を強く求めることによって、他のとりうる行動を現実的に評価するという動機づけを無視してしまう」「内集団のメンバー間に愛想の良さや団結心が増せば増すほど、独立した批判的思考かま集団浅慮によって置き換えられる危険性が増し、外集団に向けられた非合理で非人間的な行為をもたらす」「集団が強い意志でとりかかろうとしている危険な行為から生ずるかもしれない主要な危険に対して、不敗だという幻想を抱く」「凝集性の高いメンバーは、自分たちの力の限界と、もし運がなかったら生じるであろう現実の損失を批判的に評価するという不愉快な課題を行うことを非常に嫌がる」「メンバーたちの間違った想定を修正できる山のような証拠があるにもかかわらず、それを頑なに支持し続ける固執性を持つ」「自分のグループのメンバーへの怒りを逸らすという偏向は、側近集団に忠実であろうとしながら腹立たしく思っているリーダーに典型的な行動」「集団浅慮が支配しているとき、意思決定集団のメンバーは自己満足感を共有し、警告に反応することに失敗する」と、これでもかと説く。

筆者は、集団浅慮を理論的に分析。
<先行条件>
●意思決定者が凝集性のある集団を構成している
●組織の構造的欠陥
1:集団の隔絶
2:公平なリーダーシップの伝統の欠如
3:メンバーの社会的背景とイデオロギーの均質性
●引き金となる状況背景
1:外部の脅威からの高いストレス
2:低い自尊心(メンバーが意見表明をすることによる最近の失敗、自己効力感を低める課題における極度の困難さ、道徳的ジレンマなど)
<集団浅慮の症状>
●集団の過大評価
1:不敗幻想
2:集団に内在する道徳性についての信念
●閉鎖的な考え方
1:集合的合理化
2:外集団をステレオタイプ化する
●全員一致への圧力
1:自己検閲
2:全員一致への幻想
3:反対者への直接的圧力
4:進んで心のガードマンになる
<欠陥のある意思決定の症状>
1:別の選択肢の不完全な検証
2:対象についての不完全な検証
3:選好された選択肢の危険性を検証しない
4:いったん拒否された選択肢の再検証をしない
5:貧弱な情報収集
6:手近な情報だけを処理する選択的傾向
7:状況即応的に計画を立てることをしない

では、集団浅慮を阻止するにはどうすべきか。
<誤りの根源を除去する>
1:リーダーは、それぞれのメンバーに互いに批判的評価者となる役割を与えるべき
2:リーダーは、グループに政策決定の使命を割り当てる時、最初に自分の好みや期待を述べることをせず不偏不党であるべき
3:組織は常に、同じ政策問題について作業するいくつかの独立した政策決定と評価の集団を設けるという管理的実践を実行すべき
<隔絶を相殺する>
4:政策決定集団は、随時2つ以上の下位集団に分かれ、別の議長のもとで、そしてその後一緒になって、それぞれの違いを検討しあうべき
5:集団のそれぞれのメンバーは、所属する組織部門の信頼している同僚とその集団の審議について定期的に討論すべき
6:部外者が交代で会議に招かれるべき
<リーダーシップのバイアスを相殺する>
7:すべての会議において、少なくともメンバーの1人が、悪魔の代弁者の役割に割り当てられるべき
8:かなり長い時間を敵対者からのあらゆる警告のサインを探索し、そのいとに対するせんたくしのシナリオを構築するために費やすべき
9:予備的合意に達した後、メンバーは残されているすべての疑問をできる限り鮮明に表明し、決定的な選択をする前に問題全体を再検討すべき

膨大な分析に圧倒されるばかり。その他「関連する情報の客観的な評価やもっと違った考え方を展開するために必要な再考は、熱い議論のるつぼの外に出てのみ可能となる」も、間違いのない真実だ。

これは本当に読み応えがあった。面白かった。