世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】橘玲「バカと無知」

今年24冊目読了。作家である筆者が「人間、この不都合な生きもの」について様々な観点から考察する一冊。


名古屋時代に知遇を得た人生の大先輩がお薦めしていたので、だいぶ時間がかかったが読んでみた。なかなかエグい内容で圧倒されつつ、疑問も持ちつつ。


筆者は、ヒトは徹底的に社会的な動物としたうえで「家族や会社、地域社会などの共同体に埋め込まれているから、わたしたちはこの社会的な制約の中で、なんとかして『自分らしく』生きられる物語を作っていくしかない」「ヒトは、自分が批判されることを過度に警戒すると同時に、集団からの逸脱行為をつねに監視し、自分より上位の者がそれを行うと、『正義』の名の下によってたかって叩きのめす。それと同時に、劣ったものに対しては、自分の優位を誇示するように進化した」とする。


そして、人間の思考の特性として「わたしたちは当然のように、被害と加害をセットで考えるが、被害者と加害者では同じ出来事をまったく異なるものと認識している」「わたしたちはつねに、『自分は正しい』という前提で生きている(『自分は間違っている』という前提に立つようになると、重度のうつ病と診断される)」は、確かにそうだよな…


バカの問題について「自分がバカであることに気づいていないことだ」は非常に厳しい。
が、筆者がそれの帰結として「地位をめぐって競争しているときに、高い地位につく資格がないことを自ら認めるのは致命的だ。こうして能力の低い者は、その事実を相手に知られないように、自分の実力を(無意識に)過大評価する。一方、能力の高い者は、相手も自分と同等の能力を持っているだろうと(当初は)想定する。なんの情報もないときに相手を見くびると手ひどいしっぺ返しを食らうことがあるし、共同体のなかで目立ちすぎると、多数派によって排斥される危険性があるからだ。その結果、能力に大きな違いがある二人が話し合おうと、賢い者が、バカにひきずられ、間違った選択をしてしまう」「バカを排除する以外に『バカに引きずられる効果』から逃れる道はない」と述べるあたりは絶望しかない…


自尊心についての記述も鋭い。「自尊心を巡る闘争ほどやっかいなものはない。面と向かって罵倒されたり、SNSで罵詈雑言を浴びせられることは、能の生理的反応としては、殴られたり蹴られたりするのとまったく同じに感じられる」「自尊心というのは、そのひと固有のパーソナリティというよりも他者との関係性で決まる」「私達はものごころついたときから、周囲に同調しつつも、自分を目立たせるという複雑なゲームをしている。わたしたちはみな自尊心が低く(同調する)、同時に自尊心が高い(競争する)ように『設計』されている」「ひとはステイタス=自尊心を守るためなら死に物狂いになるから、いくらでも自分を正当化する理屈を思いつく」のあたりは、本当に耳が痛い。


集団についても「人種差別は人間の本性ではない。本性は内集団と外集団に分割すること、すなわち『社会(帰属)による差別』」「脳の認知の限界を超えて、相手が匿名でも社会を成り立たせるためには、これ以外に方法はない」と鋭く分析。「内集団が成立するためには、原理的に、外集団が存在しなければならない。保守であれリベラルであれ、すべての共同体主義は『排外主義』の一形態」「殺し合いがもっとも残酷になるのは、遠く離れた集団同士ではなく、近親憎悪だ。日常的に接触のない相手は脅威にはならず、同盟や交易をした方がお互いにメリットがある」も、残念ながら人間の限界かもしれない…


人間の限界として述べられている「相手のことをとりあえず信用するのがデフォルトになっているのは、ヒトの本性が性善説だからではなく、能の認知能力に限界があるから」「人間は匿名の陰に隠れるとかぎりなく残酷になる」「夢の実現を強く願うと、脳はすでに望みのものを手に入れたと勘違いして、努力する代わりにリラックスしてしまう」「なにか悪いことが起きると、脳は、そこには原因があるはずだと(無意識に)考える。なぜなら、理由もなく不吉なことに出合うのはものすごく不気味だから」「記憶はある種の『流れ』であり、思い出すたびに書き換えられている」のあたりは、自分の実体験からも非常に納得できる。向き合いたくないことをズバズバ書いているな…


いろいろ思うところはある本だが、「わたしたちが無知なのは、現代社会がものすごく複雑だからだ。日常のあらゆる疑問に対して厳密な知識を得ようと思えば、2つか3つで人生が終わってしまう」は真実だと思う。
そして、生きる参考として「ぎすぎすした世の中に煩わされず、他者に『不道徳』のレッテルを貼って安易に批判せず、イヤなことがあっても『そのうちいいこともあるさ』と楽天的に考える。すくなくとも研究では、こらであなたの幸福度はずいぶん高くなるらしい」は大事な考え方。


良薬かどうかはわからないが、口に苦いし、考えさせられる一冊だ。