世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】矢野和夫「データの見えざる手」

今年138冊目読了。日立製作所中央研究所の主管研究長である筆者が、ウェアラブルセンサを用いて人間・組織・社会の法則を見出すという挑戦的な一冊。


これは凄い研究だ。統計によって、物事の本質を見極めるには「データ」が必要なのだが、こんな観点でデータ分析をしている、ということには心から驚く。


そもそも「我々は、物事には原因があると考えがちだ。しかし実際には、多数のやりとりがあると、確たる原因がなくとも特徴的な偏りが生まれる。資源の分配が偏るのは、決して能力や努力によるものではなく、『やり取りの繰り返し』による統計的な力である」という指摘がびっくり。
しかし「人間の行動が資源のやりとりの法則の支配を受けるとなると、時間の使い方に厳しい制約をもたらす。身体の動きが活発な行動を、静かな行動よりも長時間行うことは許されない」「(人は自分の)活動予算を使いつくすと、おそらく、それ以上その活動ができなくなる、あるいは、やりたくなると推測される」という『エネルギーの限界』などは納得できる。


そして、幸福について「行動を起こした結果、成功したかが重要なのではない。行動を起こす事自体が、人の幸せなのである」「より『幸せ』になると『動きが増える』。積極的な行動をとると、人は動きが増えるのだ」「身体を継続的にやや速く動かせるような状況をつくることにより、仕事や生活に楽しさや充実感を得ることが期待される」というのは面白い。そうなんだ…


さらに、「『会話時に頻繁によく動く』のは、『積極的に問題解決する人』に共通の特徴なのである。積極的に問題解決しようとすれば、前向きな会話が必要で、そのときの身体の動きは活発になる」と、生産性についても言及。「ハピネスとは実は集団現象だ。ハピネスは、個人のなかに閉じて生じると捉えるより、むしろ、集団において人と人との間の相互作用のなかに起きる現象と捉えるべき。そして、集団にハピネスが起きれば、企業の業績・生産性が高まる」「休憩時間や昼休みのための環境は特に重要である。休み時間の過ごし方がその後の業務にも影響を与えるからだ」などは、コロナ禍の2022年に読むと、テレワークの限界を感じさせる。


凄いのは、幸運ということまで分析しようとすること。「運を『確率的に起こる望ましい出来事』と定義すると、ビジネス上では『確率的に、自分が必要とする知識や情報や力を持っている人に出会うこと』」「運と出会うための人との出会いとのつながりがあったとしても、具体的な情報や能力を引き出せる会話の接点を見いだせることが必要だ。そこで重要なのが会話の質である」「言語的な要素は、コミュニケーションの10%以下しか影響せず、残りの90%以上は、身体運動などの非言語的な要因による」「実は、会話の双方向率が高まるのに重要なのは、真剣に両者が交わり合うことが必要な挑戦的な目標が設定されていることなのである。そうでなければ、腹を割った双方向の議論の必要性は生まれない」という結果を見出すのも凄い。


コンピュータと人間との違いは「①学習するマシンは、問題を設定することはできない。人間は、解くべき問題を明らかにし、学習するマシンを活用して得られた判断を実行することが求められる②学習するマシンは、目的が定量化可能で、これに関わるデータがすでに大量にある問題に死か適用できない。目指すところがあいまいだったり定性的だったり、過去のデータがない状況で意思決定するのは人間の仕事③学習するマシンは、結果に責任をとらない。そしてこの責任をとることこそ、人間に固有の能力である」だとし、「仮説を作ってそれを検証することは、問題解決のための正しい手段である。しかし、ビッグデータが存在する問題では、その仮説を作るのは人ではない。コンピュータが仮説を作ることにこそビッグデータの価値があるのだ。人が仮説を作るという、固定観念を捨てる必要がある」と、発想転換を求めてくる。


データから、人が生きるということに「人の行動は、『人』と『コンテキスト(文脈)』との相互作用から生まれる」「行為に集中することが、人間のもっとも自然な状態である」と切り込む、など、想定外も想定外だった。本当に凄い本だ。一読をお薦めしたい。