世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】山口仲美「日本語が消滅する」

今年105冊目読了。埼玉大学名誉教授の日本語学者である筆者が、日本語の魅力を再発見し、誇りを持つための教養書として記した一冊。


衝撃的なタイトルに違わず、なかなかショッキングな論が続く。英語教育を過度に推し進めることのリスクも、この本はよく示してくれている。


日本語の状況において「日本語は、母語話者数は9位だが、日本でしか話されていない孤立言語」「日本語が世界9位の話者数を誇っているのは、日本とタイだけは民族国家の形をとった独立国だったため植民地化を免れたという過去の僥倖に負うている」「一国一言語に近い状態にある国は、韓国、北朝鮮モナコバチカンくらいしかない。日本は極めて恵まれた状態である」としたうえで、「小学校への英語導入という決断は、最初のうちは、母国語である日本語とのバイリンガルを生み出すが、やがて世界共通語の英語のみを話すモノリンガルになっていく」と警鐘を鳴らす。


少数言語についての「ユネスコによると、10人以下の話者しかいない言語は、なんと199もある」「世界各地の消滅危機言語の状況は、第一に西欧・中東及び北アフリカは少数者言語の消滅が少なく安定している。第二に、オーストラリア及び太平洋地域・南アジア・サハラ以南の南アフリカ・南北アフリカは19世紀に繰り広げられた欧州の植民地政策が少数者言語の消滅危機を招いている。第三に、東アジアおよび東南アジア、東欧及び中央アジアでは、それぞれ、大国の中国とロシアが同化政策を推し進めているため、それぞれの国にある少数者言語が瀕死の状態に陥っている」というデータに基づく分析は、なかなか衝撃的だ。そして、日本語がいつそこに連なるともわからない…


文字を生み出す状況は「①集団が大きくなり複雑化したとき②後世に伝える必要が生じたとき」とし、文字を獲得した言語の特徴として「①話し言葉だけの社会に略奪・搾取を仕掛ける②権威や文化水準の高さを内外に示せる③話し言葉だけの場合より、はるかに消滅しにくい④消滅しても後世解読してもらえる可能性を持つ」とし、母語の力として「①暴力を抑制する力を持つ②後から学ぶ言語の基礎をつくる③固有の世界観をつくる④固有の文化をつくる⑤アイデンティティを形成する⑥想像力を醸成する」とし、民族の言語を守る必要があるのは「多様性が、社会の活性化に必要だから」があることを指摘。
それを壊す中国やロシアの「同化政策は、子どもの頃に教育の場で、自分たちの言語は劣っていると思い込ませ、その言語を話すことをやめさせ、強国の言語のみを使うようにしむけることによって推し進められる。だから、同化政策を受けた子どもたちは、自分たちを比定されたような心の傷を負っている」と、まさに画一化・同化の恐ろしさを感じる。


言語消滅の原因は「①自然災害や大量虐殺、疫病や強制労働などによって、話者が全滅してしまったとき②同化政策が実施されたとき③自発的に他言語に乗り換えたとき④征服者が被征服者の言語に同化したとき⑤別の言語を派生させ、役割を終えたとき」「一般的に、言語が消滅への道をたどり始めるのは、話者数が民族全体の4割まで落ち込んだとき」とし、最も日本語の消滅を引き起こす可能性が高いのは「自発的に他言語に乗り換えたとき」であると分析する。
どう考えて日本語を守るべきか。筆者は「①英語は、日本語を土台にした教授法に変えると興味が増す②移民には日本語を学べる機会を積極的に提供する③世界共通語は変わる④自動翻訳技術が進歩している⑤日本は、日本語だけで暮らせる国である⑥日本語は、先人たちの苦労の賜物である⑦母語ほど大事なものはない」を意識すべき、と主張する。「日本人自身が、日本語に対する積極的な価値を見出し、誇りと自信を持って守らなければ、誰も日本語を守ってはくれない」「日本語を母語として大切にしなかった報いは、自分の拠って立つアイデンティティを失うという形でやってくる」ということを提唱する。これができるのだろうか…不安になる。


日本文化の特徴は「①猛威を振るう自然を手なずけるために、自然物を神格化し、崇めることによって、自然と共生している文化である②閉じられた社会で効率的に生きるために、自己主張を抑え、相手の立場を思いやったり、相手の立場に自分を同化させたりして、対立を避けようとする文化である」。日本語の特色は「発音はシンプルでマスターしやすく、常に母音で終わり、遠くまでよく響く。また、大事なものを後ろに配置する原則があるため文末まで明瞭に言い切り発音することが求められる。敬語は相対敬語である」「文字・語彙・文章は豊かで独自性を持っており、『文字言語』に特化している。『音声言語』に特化した英語と正反対の性質」と分析するあたりは非常に理解できる。


何気なく使っている(そして、当然この文章もその言語を使っている)日本語。それが危機であるということをまず自覚することから、なんだろうな。