世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】井上章一「京都ぎらい」

今年40冊目読了。国際日本文化研究センター教授にして副所長の筆者が、洛中一千年の花と毒を見極める新・京都論。


意図せずして、梅棹忠夫「京都の精神」と連続して読んだが、これが大正解!まさに表裏をなす構成。


筆者は嵯峨出身で洛中の人に差別を受けてきたとし、「この街は、洛外の人間による批判的な言論を、封じてきた。それだけ、洛中的な価値観が、大きくのさばる街だったのだ」「重い差別が、社会の表面からはけされていく。しかし、かつての差別をささえた人間の攻撃精神じたいは、なくならない。そして、それは、軽いとされる差別に突破口を見つけ、そこから溢れ出す」と、その差別意識を指摘する。事例は確かにその中華思想を感じさせる…


筆者は、メディアについても「『金銀苔石』という言葉を、しばしば耳にする。写真の掲載に際し、いちばんコストのかかる人気四大寺(金閣寺銀閣寺、西芳寺龍安寺)を総称する言い回しとされる」としつつ「メディアが京都におもねるから、洛中の人もつけあがるんじゃあないか。洛外が見下される一因は、東京メディアが京都をおだてることにあるんだ」と憤慨する。まぁ、その側面は間違いなくあるよなぁ。


歴史だ文化だ、という洛中の人間に対するあてつけではあるが、「1950年代、60年台の寺は、文化観光施設税をはねつけていない。だが、80年台の寺は、それと似た様な古都税を、何がなんでもしりぞけようとする」「いくつかの寺が、ライトアップをはじめたのは、平安遷都1200年祭からである」「日本にニコライ2世が滞在していたのは、四月から五月にかけての春であった。事件のあった大津へおもむく前に、皇太子は京都で宿をとっている。そして、ロシアからきたこの次期皇帝を、京都の街はあの手この手でもてなした。たとえば、大文字山で松明に火をつけ、『大』の字を夜間に大きくてらしだしている。五月の春にともされた『大』を、盂蘭盆の『送り火』であったとは考えにくい。あからさまに世俗的な見世物であったと、みなしうる」のあたりは知らなかった…そうなんだ。


寺と庭・山についての「室町時代の京都では、武将を受け入れる寺がふえだした。人目をよろこばせる庭が、寺でいとなまれるようになったのは、そのせいだろう。武将らの接待という新しいつとめが、庭の美化をおしすすめたのだろう」「寺が山の管理につとめたのは、何より林業上の収益が見込めたからだろう。だが、景観上の配慮だって、なかったとは思えない」という言及はなるほどなぁと思う。


確かに気位の高さは表裏一体。筆者の「誰しも、似たもの同士のなかでこそ、自らをきわだたせようとするものである」という感想が、読み応えのある読了感をまとめてくれる。