世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】デービッド・アトキンソン「世界一訪れたい日本のつくりかた」

今年75冊目読了。元ゴールドマン・サックス金融調査室長にして小西美術工藝社社長の筆者が、新・観光立国論の実践編として書き著した一冊。


この本が書かれたのは2017年。コロナ禍に苦しむ2021年においては、筆者の「観光は為替や国際社会の安全を揺るがす無差別テロなどによって大きく影響を受けるので、安定した成長が望ましい『基幹産業』としては不安な要素が多すぎる、という主張がある。しかし、実は観光程そのような不測の事態に強く、安定成長が期待できる産業はない」という断言は、虚しさしかない…


まぁ、ここまでのことは予測できないから、そこをあげつらっても仕方ないし、「日本は、観光大国になる4条件の自然・気候・文化・食を全て満たしている稀な国」であるのも間違いない。世界はすでにコロナ後に向けて動き出しているので、何らかのヒントになるか、と読んでみた。


日本の観光業のボトルネックは「航空交通インフラ、観光インフラ、自然資源」であり、それは「限られた時期のなかで、とにかく1人でも多くの客を招いて、効率よくお金を落とさせる『昭和の観光業』の発想」と断じる。そして「平成の観光業は、昭和の観光業の方法論を、中国人観光客へ適用させているだけ」と指摘する。ではどうするか。「観光の単価を上げることと、満足度を向上させてリピーターを増やしていくこと。これは表裏一体」「『横並び』をやめて、客の『満足度』を高めるために何をすべきか考えよう」と提言する。


日本の立地は「欧州やアメリカと言う、ただでさえ観光にお金を使う傾向がある人々が遠方にいる」「アジアの観光客は、滞在期間が短い分だけ落とす金額が減る」という主張は、「遠い国へ旅行したときには、隣国へ旅行したときよりも、より多くのお金を落とす傾向がある」ということからも、納得できる。そして、筆者は意外にも「ドイツ人をターゲットにし、ドイツ語の発信を充実させよう」と提唱する。その発想はなかったな…


自然を使った体験観光には可能性が大きい、とする。それは「滞在型だから。自然体験では、滞在時間の長いものが比較的簡単につくれるので、宿泊日数が伸び、支出額が増える」から。だが、現状の「駐車場のように区画されたキャンプ場は、『一極集中』をさばくという『昭和の観光業』の発想に基づいて整備されたもの」「外国人観光客および地元以外の日本人観光客にとっては、現地まで移動するための交通費がきわめて高い」「交通費が高い割には、国立公園の施設と価格帯がお粗末すぎる」のでは話にならず、「『自然』を活かしたアクティビティを充実させ、施設も整える」べき、とする。


案内についても厳しい目を向ける。「解説は情報量が少なく、そのわずかな情報も『専門家目線』で発信されていることが多い」「とにかく『客』は誰で、その『客』に何を知ってもらい、何を感じてもらうかという発想がごっそりと抜け落ちてしまっている」「禁止事項が多いと、外国人は目を光らせていないとすぐに悪さをする迷惑な存在だととらえていることが漏れ伝わってしまう」とする。
その状況を打開するために「『So What?テスト』が有益。ある情報を見て『だから何だ』と自問することで、それが有益なのか、それとも独りよがりの発信になっているのかを確認する」ことが大事だ、とする。


ホテルについても「日本は5つ星ホテルが足りない」「日本のホテルなどで見かけるユーザー目線に欠けた『おもてなし』は、外国人観光客にあまり評判が良くない」とし「ショッピングの在んないから明日行くレストラン、アクティビティ、エンターテインメントなどの提案やコーディネートまで含めた『ホテル館外のサービス』がどれだけ充実しているかが重要なポイント」と改善点に触れる。とはいえ、筆者の主張するIR(カジノを含む統合リゾート)には感情的にどうも抵抗感がある…


役所については、観光庁に対して「全体戦略、データ分析機能」を求め、文化庁に対しては「現場で学芸員などが何でも禁止にして、わかりやすい解説も否定するという一部の風土を改めて、観光資源化と保存の両立を、どこまで堅実に実現できるか」「文化財を単に税金を費やす『研究・学習の場』から『自ら稼げる観光施設』に生まれ変わらせることで、自分たちで稼いだお金で、施設のメンテナンスや伝統文化の普及などを進めていく」ことを求める。


確かに、もともと日本の「高度成長期型観光」は死滅寸前だったところ、コロナ禍で息の根を止められた感があるので、その後の処方箋としては参考になる。