今年9冊目読了。実際に日本陸軍従軍経験、そして投獄経験がある筆者が、戦争ではなく後方部隊の人間模様を描くことでその実態を暴く小説。
軍事ものでありつつも、一切戦闘描写が登場しない。ひたすら、後方部隊での人間模様に終始する。しかし、それゆえに、軍隊の独特の陰鬱さ、その人間模様の泥臭さ、そこに渦巻く人間の欲望などがありありと描き出されており、「英雄思想」なんてものはどこにも存在しない。そして、犯罪を問われ監獄に放り込まれ、そこから出てきた主人公と、その実像に迫ろうとする上級兵のやり取りから、実に複雑で面妖怪奇な事実が浮かび上がってくる謎解き小説の側面も備える。
とにかく、読んでいて気分が暗くなる。人間は、そして日本軍はなぜこのようになってしまうのだろう。筆者は、登場人物の口を借りて、このように述べている。
「たしかに兵営には空気がないのだ、それは強力な力によってとりさられている、いやそれは真空管というよりも、むしろ真空管をこさえあげるところだ。真空地帯だ。ひとはそのなかで、ある一定の自然と社会とをうばいとられて、ついには兵隊になる」
…けだし明察としか言いようがない。そして、こんなことをやっているのであれば、未来永劫勝てるわけないよな、という気がする。他方、他国の軍隊も似たり寄ったりなんじゃねぇの?という気も起こる。
戦争放棄により、このような状況は今のところ発生していない(※自衛隊の実像はわからないが。もちろん、世の中の眼の冷たさはいかがなものかとは思う)。しかし、組織というものの抱える宿痾は必ずあり、それが特にビビッドに出てきていると考えると、まったく対岸の火事とも思えない。
学びの多い一冊だ。一読をお勧めしたい。