世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

[読了】ビル・エモット「第三次世界大戦をいかに止めるか」

今年4冊目読了。ブリュッセル、東京、ロンドンで「エコノミスト」紙の編集長を務めた筆者が、台湾有事のリスクと日本が果たすべき役割について考察する一冊。


筆者はまず「日本と英国にとって、米国が最重要のパートナーであることに変わりはない。けれども米国は今後もずっと全幅の信頼をおけるかどうかこころもとない。そこで新たな重要性を帯びてくるのが、とくに防衛産業における英日の協力関係だ」「第三次世界大戦を防ぐのに必要なのは、強力で確実な抑止だ。日本が米英をはじめとする同盟国、パートナー国と手を組めば、世界を破滅から救うことが出来る」と、日本の動きの重要性に触れる。


なぜ、今、第三次世界大戦の危険が迫っているのか。筆者は世界情勢から「すべての超大国は弱くなった。そこに最大の危険がある。世界の警察官として国際社会でゲームの規則を定め、指導力を発揮して平和を維持できる国がないのだ」というリーダーなき世界の展望として「①超大国が弱くなり、問題解決の責任がほかの有力国、とくに地域の中規模国にのしかかる②規律と監視がゆるんで、すでに始まっている混乱に拍車がかかる③強さと力を失った『弱大国』は、問題をさらに悪化させる方向に進む危険がある④こうした状況で軸となるのは米国であり、西側の同盟国や協力国である⑤『抑止』という言葉の意味をあらためて考察すべき」と主張する。


特に危険なのが台湾問題だとして「事態の切迫感を薄めているのが『台湾有事』という婉曲な表現。要するに中国が武力で台湾併合を試みることだが、この言葉のせいで重要な事実が重みを失う」と述べ、台湾危機がかつてなく高まっている理由を「①歴史と帰属:20世紀の戦争の最終決着をつけなければという強迫観念が中国にある②地域戦略と制海権:台湾を失うと、アジアにおける米国同盟体制が瓦解し、フィリピンや日本、韓国は中国の圧力をじかに受けることになる③世界全体での重要性:大国間の競争が激しさを増している」と分析する。
ここで求められるのは「世界大戦に発展する危険が高い台湾問題では、状況を緊迫させることすら御法度だ。そのために必要なのは意思疎通、外交、そして抑止である」「抑止においては、相手の思考や行動を理解したうえで、影響を与えようとする努力が重要になる」「抑止とは突き詰めれば、指導者および指導者を中心とする集団の心理であり、折に触れて彼らに働く力である」だと述べる。
筆者の「いくら『ひとつの中国』を掲げていても、台湾人のほとんどは統一に反対だし、米国の歴代政権も一貫して異を唱えてきた。あいまいなのは、米国と中国、それに台湾が、それぞれ望む結果に対してどこまで代償を支払うかである。それがはっきりすれば、戦争を回避する道が見えてくる」という見解は極めて至当。


中国については「中国が抑止戦略で直面する課題は①米国とその同盟国が、中国の侵略や封鎖を阻止するべく軍事介入するのを食い止めなくてはいけない②紛争が核兵器使用に発展するのを防がなくてはならない③戦ってまで守る価値は台湾にないことを、米国をはじめできるだけ多くの国に確信させなくてはならない」とし、「台湾を巡る中国の言説は、小さな島の今後の重要性を高めるばかりで、自国に利益をもたらすどころか、正反対のほうに向かっている。日本やフィリピン、オーストラリアといった米国と台湾の主要な同盟国だけでなく、ほかの国々にとっても、台湾の存在は重みを増すばかりだ」と、今のやり方が極めてうまくない、かつ緊迫を増させているというのも納得。


日本については「インド太平洋の同盟国で戦争ゲームをするときは、軍事行動が合憲かどうか逐一検討する日本チームだけ、やたらと時間がかかる」という話を紹介しつつも「自衛から制約付き抑止に踏み出している。長期的に日本の自立をめざしている」「日本はこれまでの方向から転換して、軍事大国の一員になるつもりだと宣言した。米国への頼りっぱなしをやめて、自国防衛の責任を引き受ける姿勢を打ち出している」と評価。「いくら険しい道でも、通信インフラの安全強化、情報収集と分析への投資、サイバー防衛の整備に力を注ぎ、情報と専門知識を共有すれば、日本だけでなく、米国から台湾、韓国、フィリピンまで地域の同盟国全体の対応力を高めることになる」「日本の外交戦略のねらいは、米国主導の同盟国・パートナー国ネットワークをさらに広げ、官民投資を通じて東南アジアの地域経済を強化することだ」「経済規模で中国に勝てることはないが、親密な仲間の多さでは日本が中国をしのぐ可能性は大いにある」と見通す。


他方、周辺国については「米国とともに台湾防衛の介入に『参加が見込まれる』国となると、日本とオーストラリアだけだ。インドと他の東南アジア諸国は『参加しない』側だろう」とみるのは極めて現実的だろうな…


筆者の分析は多岐にわたり、とてもまとめきれるレベルではないが、その洞察の広さに圧倒される。そして、戦争を引き起こす原因とその回避の鍵として挙げる「動機も野心も反応も、統計や軍事力といった数字ではなく、相手の心理から出てくる。それゆえ探りあてるのは難しく、解釈はさらに困難だ。そしてもうひとつ、心理はうつろいやすい。政治指導者の心理はとくにそうだ。一貫性と明確さのないところに安定は生まれない。相手の態度を疑わしいと思うたびに、つけいる隙を探したくなる」「相手への理解が不足し、その動機が読めなくなることが、熱い戦争を引き起こす最大のリスクであり、冷戦時代との唯一の共通点」には強く同意する。中身がみっちり詰まっていて、疲れるが読み応えのある一冊だった。