世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】スコット・A・スモール「忘却の効用」

今年1冊目読了。コロンビア大学神経精神科学教授の筆者が、「忘れること」で脳は何を得るのか?という問いを探求する一冊。


今年の最初から「忘却」の本を読むのもいかがかと思いつつ、脳科学的には非常に興味深い。とても面白く読めたし、「忘却」の大事さを痛感するという不思議な本。


筆者は、忘却について「記憶と釣り合いの取れた忘却は、認知能力を形成していくうえで必要なこと。忘れることが出来なければ、創造力を生む空想の翼も記憶に縛られたままになる」「忘れることのない心は、変化をなくして世界を固定し、何一つ変わらないものにしたいという必死の思いで麻痺してしまう」と、その意義を強調。
さらに「私達は認知的な一般化を行うため、正常な忘却に頼っている」「正常な記憶と正常な忘却は一致協力して私達の心のバランスを取っており、混沌としてときには有害な環境に直面しても私たちが健全でいられるようにしている」と、普段気づかない価値を指摘する。
疑問に思う部分については「別の道筋を学習する効率やスピードは、実際には記憶よりも忘却に依存している。勝手の分かった迷路で別の道順を学習するには、記憶の調整つまみはそのままで忘却のボリュームを上げるほうが早い」と、納得できる事例を挙げている。確かにそのとおりだ。


また、感情面においての言及「感情の正常な忘却は、醜くて非生産的で怒りを生む感情の重荷から私たちを解放してくれる。それからもう一つ、心を解放し、赦すことを可能にしてくれるという最も高尚な役割がある」は、体感としても非常に共感できる。忘却しなければ、人間は生きることすら難しい…


睡眠の意義を忘却と紐付けると、「睡眠は大脳皮質の記録を片付けて白紙にし、大脳皮質が新しい記憶を受け入れられるようにする。神経細胞の興奮制を抑え、大脳皮質の無意味な情報をうまく消去することによって、入ってくる感覚情報の安定した処理と流れを保つのだ」となるのか…驚きつつも納得だ。


忘却と創造の連関についての主張も、なるほどと感じる。「創造の心理プロセスについて人々の話をまとめると、まったく新しい者が降って湧いたように誕生するということはあまり起こらない。むしろ、新しいものを生み出すひらめきは、既存の要素同士が意外な形で突然結びついたときに起こる」「記憶から連想される物事同士が、睡眠による忘却のおかげで緩くしか結びついておらず、ほかの要素と自由に結びつける状態の時に、創造性は最も発揮される」「創造力は忘却プロセスが進化する過程で生まれた副産物の可能性が高い」は、言われればそうだ、というところだが、とても自分の認識では到達できない感が強い。


意外な視点であっても、腰を据えて見てみると理解できる。なかなか面白い本だった。