世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】羽生善治「簡単に、単純に考える」

今年13冊目読了。最高峰の将棋棋士である筆者が、神戸製鋼ラグビーGM平尾誠二氏、スポーツジャーナリストの二宮清純氏、カーネギー・メロン大学教授の金出武雄氏と対談する一冊。


2001年の本であるが、20年前に書かれたものとは思えないほど今も生き生きとした読み応えを保っているのは、やはり筆者が「本物」故、であろう。


平尾氏との対談では「今この局面が楽しいかどうかって要素は結構大きい。つまらない局面とか、興味がもてない局面だと集中できなくて、読みもあまり深くならなかったりする」「集中力のある子に育てようとするのではなく、何か本当に好きなこと、打ち込めるものを見つけられるような環境を与えてやることが大事。内発的に出てくるもののほうが長続きするし、創意工夫にまでつながっていく」「忘れればそこにスペースができて、そこから新しい発想が生まれる」「創造するより対策を立てる方が楽。自分の生き方としてどちらを選ぶかは、その人の目指すもの、志の高さによる」「いろいろなことから受ける刺激が総合的に感性を研ぎ澄ませていく」「論理的思考や経験、勘、感性、そういうものをすべてひっくるめて昇華させると創造力になる」「山ほどある情報から自分に必要な情報を得るには、『選ぶ』より『いかに捨てるか』のほうが重要」のあたりが面白い。


二宮氏との対談では「天才は自分を絶対化しているから周りが気にならない。秀才というのは相対的な能力評価」「今の考え方も、十年経ったら必ず古くなっている」「創造力やアイデアの源は、頭の中の記憶の組み合わせから生まれてくる」「体系化とは単純化。しかし、ある程度体系化が進んでいくと、面倒くさいけれど複雑なこともやってみようかということになる」「経験が自分の中で常識となってしまう。その枠を打破して、発想を転換するというのは難しいこと」「固定観念に縛られてしまうと、未知のものに驚くとか、好奇心が膨らむとかがないので勉強にならない」「その場しのぎとは、臨機応変である。困難な状況を楽しめる人間が、現状を打破する」などが興味深い。


金出氏との対談では「息長くやっている棋士は、論理的な計算をして指している人はいない。全体を見て『これがきれいな形』とか『これが悪い形』と感覚的にわかる人が残っている」「経験を積むと、こういう場面では、経験や記憶の中から、これを引き出して考えるという形になりがち。そればかりを繰り返していると、何か新しい形とか、見たことがない形がパッと出現したときに、すぐにその状況についていけない」「成功率が高い人というのは、省略のできる人。どこを端折ればうまくできるかをじょうずに考えられる人。細部にとらわれる人は、いつまでたってもろくな結果を出せない」「いい仕事ができるか、できないかの分かれ道は、捨てて変える決断力、勇気があるか」「プレッシャーがかかるとか、イライラするとかは、思考がスムーズに回転する妨げになる。でも逆に、閃くときというのは、そういう部分が残っていないと生まれないんじゃないか」「昔からのやり方やいきさつにとらわれては駄目。単純に、簡単に!と考えることで可能性が拡がる」が心に残る。


そして、対談を振り返って羽生名人が述べる中でも「思考の過程を省略する方法とは、ほんしつを見抜く眼だ。本質とは、誰もがそうすればいいと分かっていながら、自分を取り巻くさまざまな条件によっておざなりにされ、うやむやにされてしまうもの。自分にとって一番いいと思えるものを簡単に、単純に考えることができれば、逆境からの突破口を見いだすことができるはずだ。それが、思考の過程を省略する、最善手をつかむ一歩」「『真似』から『理解』へというステップは、創造力を培う『基礎力』」「あきらめるのは気持ちが完全に切れてしまうことだが、あきらめに似た気持ちは、いい意味でリラックスにつながり、今まで見えなかった勝負所を読む嗅覚を呼び覚ましてくれる」のあたりに感嘆する。


いずれも、その域に至ることは一生無理だが、せめてその糸口だけでも味わってみたい。そう思わせられたし、少しでも自分の仕事や人生に役立ててみたいヒントが散りばめられている良書だ。