世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】福原義春「美」

今年31冊目読了。資生堂の社長・会長・名誉会長を歴任し、財界きっての読書家にして東京都写真美術館館長、企業メセナ協議会会長、東京芸術文化評議会会長などの公職に従事する筆者が、「見えないものをみる」ということを伝える一冊。


以前、オンライン読書会で紹介されていて興味があったものの、なかなか読む機会がなかった。最近、西洋美術に興味が湧いてきたので、これを機会に、と手に取ったが、やはりこれは良書だ。

 


昨今の傾向に対しては「文化の矮小化は、長期的な劣化の中に、短いスパンでの劣化が何重にも入れ子構造になって起きていると考えられる」「コンピュータや機械に頼りすぎていいものだろうか。私は、人間がそれらに任せすぎて怠惰になってきている気がしてならない」「平均化した没個性の服を身にまとい、マニュアル通りに作られた食べ物とサービスで満足しなければならない世の中は、どう考えてもおかしい」「自然は、私たち人間の生命力を養うと同時に、創造力の源ともなる。その自然から大きく切り離されてしまったところに、現代人に創造力が乏しい原因の1つがあるのではないか」と、厳しく警鐘を鳴らす。


文化文明の意義を「文化の本質の要素には、もともと『ムダ』や『遊び』がある」「文化とは、よりよく生きようとする人間の創造的行為、目に見える過程のことである」「文明というのは、ほとんどの場合、人間の五感を失わせる方向に行くのだ。しかし五感を保ち、五感をよりいっそう磨いていく努力は怠ってはいけない」としたうえで、「真の教養とは、人がよりよく生き、人が人であるための技術(アート)であるともいえそうだ。つまり、人生の中で課題とミッションを発見し、障害を通じて学び続ける力。これを『リベラルアーツ』といってもいいだろう」「本当にいいものと、そうでないもの。本当に美しいものと、そうでないもの。これらをどのように判断していくか。そこには『知』や『教養』といった、ものを測る新しいものさしが必要」と述べる。


日本人の特質についても「日本人はどうやら『美』を感じる基準、美意識が、ほかと違っているらしいのだ。そこには過ごしてきた時間の感覚、建物を古びさせてきた自然の力を尊ぶ感覚がある」「日本人はそのまま取り入れるのではなく、自分たちが納得できるもの、都合のいいものだけを取り入れた。その取捨選択、換骨奪胎の判断ができたのは、既に日本に独自の文化、価値観があったからにほかならない」「日本人は、見えないものを心で感じる美意識や感性を、本来持っている。視覚だけでなく、五感のすべてで対象を感じるのが日本人」と誇りつつも「自国の文化を見失い、アメリカの影響を相当受けている状態は、この日本でいまでも続いているのだということを、私たちはまず自覚しなければならない」と警告。
その進むべき道は「社会も組織もリーダーも劣化しつつあるいま、経済一辺倒で進んできたこの国の経済優位性さえ危ういものだとしたら、今後の基軸は、日本人の歴史と知恵の結晶である『文化』の力しかない」と主張する。


では、どうするか。「体質は不変であり、本質は不変である。持って生まれた身体性を、人間は超えることはできない。それならば、せめて私たちに与えられた五感を精一杯研ぎ澄ませるしかない。そしてそのために必要なことは、やはり『本物に触れる』『美しいものに触れる』ことに尽きる」「感動とは、五感が最高に活性化されたときに訪れるもの」「人生には、データに換算できない、見えないものを見る力が求められている。そして、美しさ、美意識のようなものも求められている」という意見は、なるほどなぁと頷かされる。


美術館・博物館についての見解も面白い。「美術館、博物館の役割は、まず現在の作家たちによる成果を保存・展示することだ。もう一つは、有史以来の先人たちが創造してきた歴史、文化を学べる、いわば知的資産の宝庫であり続けることである。」「先人たちの営みは、書物によっても学ぶことはできる。しかし美術館や博物館では、モノが語りかける迫力とともに、それを学ぶことができる。社会における人間疎外が叫ばれ、混沌としてきたこの時代にこそ、美術館、博物館は大きな役割を担える」「過去の知的資産に触れることの目的は、単に過去を知るためだけではない。何よりも、未来を考えるためだ」のあたりは、さすがの分析。


本好きのはしくれとしては、「読書により、先人と同時代人の多様な生き方と考え方を身につければ、人は人生の厚みと幅を飛躍的に広げることができる」「不平を言う暇があったら、本を読めばいい。そのほうがよほど解決への早道なのだ」の言葉は重く受け止めたい。


新書ながら、読みやすく、それでいて充実した内容。筆者の主張と信念を感じ取ることができる良書で、一読をお薦めしたい。