世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】安川新一郎「ブレイン・ワークアウト」

今年21冊目読了。グレートジャーニー合同会社代表、東京大学未来ビジョン研究センター特任研究員の筆者が、人工知能と共存するための人間知性の鍛え方を提言する一冊。


安定的に良書を薦めてくれる畏友の推薦図書だったのだが、これがまぁ想像以上!!今年最高の一冊かもしれんぞ。


まず、知能と知性の違いについて「『知能』とは、明白な答えがある問いに対して、素早く適切な答えを導く能力。『知性』とは、明確な答えがない問いに対して、その答えを導く能力」「意識や知能/知性が、身体の生命活動から来るという点が、Human IntelligenceとArtificial Intelligenceの最大の違い」という整理はわかりやすい。


脳の働きの仕組みは3つあるとし、「①生命/身体に関する仕組み。現生人類の脳を含むハードウェアとしての身体は、狩猟採集民族の頃から数万年変化しておらず、恒常性や周期性の性質由来の知能を持っており、それらが様々な情動や感情を引き起こす」「②脳に関する仕組み。脳の知覚、着想、思考という活動は、脳神経細胞が活性化し、シナプスにおいて複雑に繋がることで起き、ソフトウェアとしての脳はアップグレードもダウングレードもする」「③記憶と思考に関する仕組み。人間は本能的情動に仕える『古い脳』と、短期記憶と長期記憶の転送と想起によって深い思考を可能にする『新しい脳』を持っている」は、脳科学周りの本を読んでいると納得できる。


Human Intelligenceは6つのモードを持つに至ったと主張。「①運動モード:狩猟民族だった私達の動物としての知能。②睡眠モード:地球上の多くの生物が持つバイオリズム。③瞑想モード④対話モード:認知革命と精神革命による『知性』の誕生。⑤読書モード:印刷革命による知性の拡張。⑥デジタルモード:知的生産に向けたインプットとアウトプットの飛躍的効率化」という整理は、目から鱗だ。


鍛えるためのメニューとしては以下があり、特長もそれぞれに異なるとする。
運動モード:「メニュー①:全ては低強度の運動を週3回やることで解決する。メニュー②:距離移動と非日常空間で脳の働きは活発に学習する」「人間の脳は外に出て移動し、時に運動し、様々な刺激に出会う時に、最も活性化する」
睡眠モード:「メニュー③:深い睡眠で記憶を固定化し、浅い睡眠で感情を整理する。メニュー④:睡眠を徹底してパーソナルかする。メニュー⑤:夢を意識して自分の心の中の本当のメッセージに気づく」「夢の機能は、危機のシミュレーション、創造性の発揮、自己の感情への気づき」
瞑想モード:「メニュー⑥:観察による『今、ここ』への意識の集中と自己との対話。メニュー⑦:瞑想と家事でDMNを落ち着かせひらめきを得る。メニュー⑧:自己と世界との一致。自我(エゴ)から自己(セルフ)へ」「徹底的に、自分と世界の境界をなくし、世界の現実と向き合う行為、それが坐禅による瞑想」
対話モード:「メニュー⑨:人々の意識を変えていく『声の力』を再認識する。メニュー⑩:『対話』を理解し、『聞く』と『聴く』を正しく使い分ける。メニュー⑪:同じ目線で傾聴し、目的なく語り合う時間を作る」「対話は議論と違って、一人の人が話していることを他の人が傾聴することが本質」
読書モード:「メニュー⑫:興味のあるテーマを決めて、積読から始める。メニュー⑬:同テーマの複数の本を、同時に読む。メニュー⑭:紙の本に『徹底的に書き込む』ことで著者と対話する。メニュー⑮:著者と格闘し、脳細胞を鍛え、独自の思考様式を手に入れる」「読書モードとは、文字情報を短期記憶で読みながら、理解した抽象概念の塊を長期記憶へ移していく脳のプロセス」「究極の読書とは著者との全人格的な対話、融合、同化」
デジタルモード:「メニュー⑯:メモ帳アプリで情報を『固定化』し、『規格単位化』する習慣。メニュー⑰:情報の一元管理+発酵で、『自分だけの知の生態系』を構築。メニュー⑱:単位化された情報を組み合わせ、アウトプットし、共有する。メニュー⑲:マルチスクリーンとSNSでアウトプット作業を効率化。メニュー⑳:生成AIの活用で、インプットとアウトプットの幅を広げ、効率化する」
6つのモードのワークアウト全体に関するポイントとして「A:脳の働きの役割と特徴を理解する。B:モード生成の順で優先順位をつけ、最適な時間配分をする。C:脳を使うときの身体感覚と周辺環境を強く意識する」


AI時代にどうなるのか。「所属組織やポジション、学歴などの属性に依存せず、『人間にしかない知性から価値を生み出せる人』か、『AIをうまく活用し、圧倒的に生産性を改善できる人』、もしくはその両方ができる個人が活躍する時代が到来した」。AI普及の懸念として「①輪郭のぼやけた誤情報の拡散②身体知を学ぶ機会の喪失③批判的思考力の低下④監視と思想統制と文明の分断」を指摘。そして、AIが人間を完全には超えないという立場を取る筆者は、その理由として「①生命の自律性と意味を理解する力の有無②真実とされていることに対する懐疑的な姿勢と批判的思考③正解のない問に対する倫理的道徳的判断」を挙げる。
ブレインモードの価値はさらに高まるとして「①運動モード:身体知と感性。②睡眠モード:ゆとりと着想。③瞑想モード:意識と創造。④対話モード:精神性と遊興。⑤読書モード:探求と俯瞰。⑥デジタルモード:新たな身体知、さらなる拡張」と指摘する。すごいなぁ…


その他「本当の知的生産活動を行うときは、容量に制限がある作業記憶をフル稼働させる必要があるため、シングルタスクが原則」「『ながら行為』で時間を効率的に過ごしているつもりが、最も大切な脳のモードを壊している」「日本人に特有の長時間労働と慢性的な睡眠不足は、高度成長期の悪しき残滓」「2000円~3000円程度の名著に出会うことができれば、大抵の問題の答えはそこに書いてある」「専門領域の研究者でない多くの人にとっては、『ことの本質の大づかみの理解』が大切。それは知識を理解する目的が、さらなる知識の探求ではなく、その理解に基づく実践や行動の変容を目的としているから」「デジタルモードに長く浸ってしまうと、読書モードに影響を与え、深い批判的思考ができなくなってしまう」「自分の記憶は全くあてにならない。だからこそ、とにかく『記録すること』を基本動作として習慣化させることが重要」のあたりの言及もとても参考になる。すごい情報量と構造化の力だ…圧倒される。


人間はどうあれば人間らしくいられるのか。「生命としての性質として、既存環境に適応することに甘んじることなく、無限に新しい環境と新しい変化を求め続ける」「アウトプットとして価値提供することを意識し、その情報の受け手を想定することで初めて、私達は何らかの知的生産の技術を要求され、具体的に行動を起こし始める」のあたりが鍵だと感じた。


分厚い本だが、インパクト抜群。頭の整理が半端ない…ぜひ、一読をお薦めしたい。