世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】ジェフ・ホーキンス「脳は世界をどう見ているのか」

今年32冊目読了。神経科学者にして起業家、神経科学とAIの研究を行うヌメンタ社の共同創業者、チーフサイエンティストの筆者が、知能の謎を解く「1000の脳」理論を提唱する一冊。


とにかく衝撃的な内容。こんなふうに脳が世界を捉えている、というのは驚きしかない。


新皮質と古い脳の関係を「新皮質内の細胞のほとんどは、座標系をつくり、操作することに専念しており、脳はその座標系を使って計画を立てたり考えたりしている」「新皮質が何かをしたいときは、指示どおりにするように古い脳に依頼するのだ。たとえば、呼吸は脳幹の機能であり、新皮質からの思考や入力は必要ない。あなたがわざと息を止めると決めたときのように、新皮質は一時的に呼吸を制御することができる。しかし脳幹があなたの体はもっと酸素を必要としていると気付けば、新皮質を無視して、制御権を取り戻すだろう」と表現するのは本当に秀逸。


そして、脳について「脳は予測モデルをつくる。これは、脳は入力が何かをたえず予測する、という意味だ。けっして止まることのない固有の属性であって、学習にきわめて重要な役割を果たす。脳の予測が正しいと証明されたとき、それはつまり、脳がもつ世界のモデルが正確だということだ。予測がまちがっていたら、人はその誤りに注意を向けて、モデルを更新する」「私たちが動くと感覚入力がどう変わるかを観察することによって、脳は世界のモデルを学習する」という分析は驚きしかない。
神経科学の教義として「①思考、発想、知覚はニューロンの活動である②私たちが知っていることはすべて、ニューロン間の結合に蓄えられている」も興味深い。


筆者は、座標系という考え方で脳をとらえる。「①座標系は新皮質のいたるところに存在する②座標系は物体だけでなく私たちが知っていることすべてをモデル化するのに使われる③すべての知識は座標系に対する位置に保存される④考えることは一種の動きである」。「古い脳の座標系は環境の地図を学習する。新皮質の『なにコラム』の座標系は物体の地図を学習する。新皮質の『どこコラム』の座標系は体周辺の空間の地図を学習する。新皮質の非感覚コラムの座標系は概念の地図を学習する」なんて、どうやって思いついたんだろう…
さらに「特定のアイテムの知識は、何千もの相補的なモデルに分散している」「あなたの知覚は、コラムが投票によってたどり着いた合意である」ということを指摘するに至ると、本当に凄い着眼点だと舌を巻く。


AIについては「AI研究の長期的な目標は、人間のような知能を示す機械-新しい課題をすばやく学習し、異なる課題間の類似性を理解し、新しい問題を柔軟に解決できる機械-をつくることだ」としつつ、まだそこに至っていないと指摘。「現在のAIシステムが知的だと見なされない最大の理由は、人間はたくさんのことができるのに、AIシステムはひとつのことしかできない点にある。つまり柔軟でないのだ」「現在のAI技術が解決に成功しているのはおもに、経時変化しないので継続的な学習を必要としない、静的問題である」。知的と認められる基準は「①たえず学習する②動きによって学習する③たくさんのモデルをもつ④知識を保存するのに座標系を使う」と明示する。


「新皮質は世界のモデルを学習するが、モデルそのものには目標も価値観もない。私たちの行動を導く感情は、古い脳によって決まる」「私たちはジレンマに直面している。『私たち』-新皮質に存在する知能による私たち自身のモデル-はとらわれている。死ぬようにプログラムされているだけでなく、無知なけだものである古い脳の支配下にある、体の中に閉じ込められているのだ」


気をつけなければならないのは「脳が知るのは現実世界の一部分についてだけであり、私たちが知覚するのは世界のモデルであって世界そのものではない」「私たちが信じていることは、たいがい真実ではない」ということ。
そして、「うそと真実を区別する方法、私たちの世界モデルに誤りがあるかどうかを確認する方法は、自分の信念と矛盾する証拠を積極的に探す事だけ」ということになるのはなるほど納得。


誤った信念が根強く残る理由を「①直接経験できない②反証を無視する③ウィルス性の広がり」とし、「私たちが直面する問題の多くは-戦争から気候変動まで-誤った信念、または古い脳の利己的な欲望、またはその両方によって生み出される。あらゆる人間が自分の脳内で起きていることを理解したら、対立は減り、私たちの未来予想はもっと明るくなると思う」との提言は少しだけ未来に光が見える。


では、どうすべきか。筆者の提言は大胆で「①多惑星種になる②遺伝子を組み替える③人間なしで星まで行ける知的機械をつくる」とする。その狙いは「①知識を保存する②新しい知識を獲得する」である。筆者は、「知識を保存して広めることのほうが、遺伝子を保存して広めることより、価値ある目的だ。遺伝子は複製する分子にすぎない。知識には方向も最終目標もある」と、知識保存の優れた点を強調。「知能と知識にもとづいて子孫の将来性を考えそうした未来が遺伝子にもとづく未来と同じように価値がある可能性を考えてほしい」と呼びかける。


本当に、脳が揺さぶられるような読書だった。ぜひ、一読をお薦めしたい。