世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】メアリー・C・ブリントン「縛られる日本人」

今年31冊目読了。ライシャワー日本研究所社会学教授の筆者が、「人口減少をもたらす『規範』を打ち破れるか」という視点で少子化問題とその根底にある規範に切り込む一冊。


これは読み応え十分。意外な事実も知ることができるし、なかなか深い。


現状の日本について「日本が直面している問題の根底には、二十世紀後半の高度経済成長期に確立された制度や社会規範の多くが人々のニーズに適合しなくなった」「ある特定の生き方をモデルとして位置付けると、それ以外の生き方をしたい人たちが不利に扱われて、その状況から抜け出せなくなる」と問題点を指摘。そのもととなっているのは「日本人は人生への満足度が低い」「出生率が著しく低い国では概して、人々が感じている幸福度が低い。この傾向は男女共通だが、とくに男性で際立っている」「日本は人間ファーストではなく労働ファースト」という指摘が実に辛い。


子育てをしにくい環境については「①子育てと結婚が否定的な言葉で表現されがち②両親と子供だけの核家族が多く、子育てを支援してくれる人が身近にいない③女性が仕事と子育てを両立するのが難しい」は一般的に理解されている。しかし、その理由について「日本の若い世代がしばしば結婚せず、子供をもうけようとしない背景には、硬直的な社会規範がある」「日本では、家族本質主義がいわば『ジェンダー本質主義』と強く組み合わさっている」と斬り込んでいるところが本書の深いところ。この規範意識が「子どもが生まれて間もない時期に父親が育児にかかわらないと、子育ては母親の役目だという発想が強化されてしまう。母親が子育てのノウハウを学ぶ一方で、父親は育児で脇役に回ることが当たり前になる」という状況を生んでいるという指摘はなるほど。


男性の育休について「男性が育児休業を取得する権利を法律で認めたり、育児に熱心な夫を称賛する風潮を強めたりしても、育児休業を取得する男性の割合はあまり増えていない」理由は「男性は育児休業を取るべきでないという強力な社会規範」で、「男性の社会的役割が、稼ぎ手という著しく狭く定義されている」「日本の男性たちがどのように生きるかは、みずからの願望や選択よりも、勤務先の会社の意向によって決まっている部分が多い。一方、女性たちは、育児と仕事という二重の負担に翻弄されている部分が多い」と問題点を指摘。「共働き・共子育てモデルの支援に関して、日本は『社会政策は強力だが、社会規範が脆弱』」というのは驚くべき指摘だが、そうであるなら日本政府の少子化対策はことごとく『外している』ということだな…


結論として筆者が述べる「出生率に影響を及ぼすのは、父親が育児休業を取得するのが当たり前だという社会規範を確立できるかどうかなのだ」は驚きだが、「男性の平均有償労働時間が長い→男性の無償家事労働への貢献割合が小さくなる→国の出生率が低くなる」は確かにその流れだな…
結局「日本では、妻が有償の労働市場でどれくらいの時間働いているかとは無関係に、家事と育児はいまだにおおむね女性の役割と位置付けられている」「日本の男性の多くは、いまだに『稼ぎ手の足枷』と『職場の横暴』に縛られていて、職場の規範に従い、一生懸命働いて家族のためにお金を稼ぐことこそが、男性のあるべき姿だと思っている」という規範意識が問題なんだな。
それを固定化させているのは日本の職場慣行だと指摘。「転勤の弊害は、夫婦の家事分担の不均等をますます深刻化させ、社会の出生率を押し下げ、職場のジェンダー平等を悪化させている」「企業が社員に課す仕事の量が多すぎることに加えて、顧客の求めに応じようと躍起になる企業が多い事も、長時間労働の原因になっている」は、体感としても非常に納得できる。結果「ジェンダー本質主義の発想『男性の役割は、第一が稼ぎ手、第二がケアの担い手。女性の役割は、第一がケアの担い手、第二が稼ぎ手、という考え方』は変わらない」となっているのもそのとおり。


筆者は解決に向けた政策提案として「①子どもを保育園に入れづらい状況をできる限り解消する②既婚者の税制を変更する③さらなる法改正により、男性の家庭生活への参加を促す④ジェンダー中立的な平等を目指す」とし、男性の育児休業義務化にも踏み込んで言及。
目指すべき道として「二十一世紀に『家族にやさしい』社会であるためには、職場と家庭で男女が平等な役割を担うことを促す社会規範と社会政策、そして、人々が家族の定義を広くとらえることを可能にする社会規範と、働き手に夜遅くまで長時間労働を強いない職場の規範が不可欠だ」との主張はなるほどと思う。今の日本社会が歪みだらけなので、どうここに持っていくか。本当に課題先進国であることを改めて痛感させられる…