世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】アビジット・V・バナジー、エステル・デュフロ「絶望を希望に変える経済学」

今年30冊目読了。MITフォード財団国債記念教授と、MITアブドゥル・ラティフ・ジャミール記念教授のふたり(いずれも2019年ノーベル経済学賞受賞)が、社会の重大問題をどう解決するか、について提言した一冊。


山口周がお薦めしていた、という一点によって手に取った本。こういった本は刺激にあふれていて、勉強になる。


現状の問題を「現代の喫緊の課題にほとんど手つかずの国があまりに多い。多くの政治指導者がひたすら怒りを煽り、不信感を蔓延させ、二極化を深刻化させている。そうなると、対立する人々が話し合い、ともに考え、建設的な行動を起こすことはますます困難になる。これは悪循環に近い」「自分とはちがう人種、宗教、民族、さらにはちがう性に対する剥き出しの敵意をあからさまに表現する。これが、世界中で台頭するポピュリスト政治家の常套手段だ」と認識。
そのうえで、移民について「人々が高賃金の国をめざすことを選ぶためには、自然災害や戦争が必要だった。このことから、経済的インセンティブだけでは人々が祖国を離れて他国をめざす要因としては不十分であることがわかる」「需要と供給の法則を移民に当てはめる際に気をつけなければいけないのは、移民の流入は労働者の供給を増やすと同時に、労働需要も増やすということである。移民が増えても賃金水準が下がらない理由の一つは、ここにある」と指摘するのは納得。


なぜ、移民はハードルが高いのか。「故郷の魅力と人的ネットワークは、国境を越える移住を思いとどまらせる要因になる。国を出るとき、その多くは家族や愛するものや慣れ親しんだすべてのものを捨てなければならない」「ふつうであれば大方の人が未知を避けようとする。たとえ未知の世界で被る金銭的損失をカバーできるだけの余裕があっても、だ。だが移民になるとは、未知の世界に飛び込むことに他ならない」「多くの人がどれほど魅力的なインセンティブを示されても結局は慣れ親しんだ土地を離れたがらない」のあたりの指摘は理解できる。
結果として「貿易が引き起こす悪循環の多くは、人とリソースの移動性と関係がある。グローバル化した世界でモノがやすやすと国境を越えて移動するからといって、人とリソースが国内でスムーズに移動するとは限らない」というのも、経済学の常識からは外れているが、実際にはそうだよなぁと思う。


貿易についての「国内の輸送網が未整備でそれぞれの地域が孤立していると、経済は硬直的になり、せっかく国際貿易で手にした利益も多くの人に行き渡らず、それどころか損害を与えることになりかねない。貿易によって世界と結ばれた恩恵を享受するには、国内の輸送インフラの整備が不可欠」「貿易によって大切な仕事を失い、ずっと続くと思っていた人生で変化と移動の必要に迫られた人々の痛みに配慮しなければならない」「接触だけでは、寛容を生み出すには不十分。おそらく共通の目的を持つことが重要」という分析もなるほどなぁと感じる。


経済の話ではあるが、筆者たちの人間観が素晴らしい。「誰もが、自分はまともな人間だと思いたがっている。だから、偏見を減らすような試みをする前にまず、相手の価値観を認めることが大切だ」「二極化の進む世界でよりよい対話を行うには、人としての尊厳を認めてほしいという人間の本質的な願いを認めることから始める必要がある。互いをよく理解するために、どうせ解決など不可能だという思い込みから逃れるために、対話を始めなければならない」「モデルで考えるのではなく、現実にリソースがどう使われているかを見る」のあたりは参考にしたい。
また、「いちばん重要なのは、アイデアを試し、まちがう勇気を持つことだ。より人間らしく生きられる世界をつくるという目標に近づくために」「危険なのは、まちがいを犯すことではなくて、自分の見方に固執して事実を無視することだ。前へ進むには、つねに事実に立ち戻り、まちがいを認めなければならない。前を向くのはそれからだ」と、挑戦を後押ししてくれているのも非常に心強い。そうありたいなぁと強く感じる。


政策提言も興味深い。「温暖化への望ましい政策は、税金と規制の組み合わせで富裕国の排出を抑えるのと並行して、貧困国におけるクリーン技術への移行に資金援助すること」「取り憑かれたように成長をめざすのはやめるべき。この不平等な世界で人々が単に生き延びるだけでなく尊厳をもって生きていけるような政策を今すぐ設計しない限り、社会に対する市民の信頼は永久に損なわれてしまう」「すべての貧困世帯を対象とするウルトラユニバーサルベーシックインカムに、極貧層を対象にした子供の検診や教育を条件とするより多額の給付を組み合わせるのがよい」「今日のような不安と不安定の時代における社会政策は、人々の生活を脅かす要因をできるだけ緩和しつつ、生活困難に陥った人々の尊厳を守ることを目標としなければならない」は、経済学というより社会心理学的なアプローチでもあるなぁ。


その他、心に引っかかったのは「ブランドネームの価値は、競争を回避できることにある。作り手より買い手のほうがけた外れに裕福だという状況では、作り手は価格よりクオリティに力を入れることが非常に重要。評判やブランドネームは途方もなく大きな役割を果たす」「何かで決定的な成功を収めた企業には、たとえ新興企業であろうとも買い手は群がる」のあたり。非常に学びの多い本で、さすが山口周お薦めだと痛感。