世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】宇野重規「民主主義とは何か」

今年44冊目読了。東京大学社会科学研究所教授の筆者が、1人1人がそれぞれに民主主義を選び直すことを提言する一冊。


まず、民主主義を理解する上で「『これが唯一の正しい民主主義の理解だ』という答えにすぐ飛びつくのではなく、変化し、相互に矛盾する多様な民主主義の意味を、丁寧に解きほぐし、分析していくことが大切」と前提を置き「民主主義は参加と責任のシステム」ということを突き詰めていく。
「民主主義の本質は『同質性』、自由主義の本質は『討論』」というのも、意外に見逃してはいけないポイントだと感じる。


なぜ、現代において民主主義を考えるのか。筆者の「今日における民主主義の危機の第一はポピュリズムの台頭、第二は独裁的指導者の増加、第三は技術革新、第四はコロナ危機」「民主主義は本当に人類の共通の未来なのか、あらためて疑問視されているのが現在という時代」という問題意識は、なるほど共感できる。


「人類の歴史を振り返れば、自治的な集会は世界のあちこちで開かれていたはず」という中で「古代ギリシアは、民主主義の営みがきわめて徹底化されたこと、民主主義の制度と実践についてきわめて自覚的だったことに独自性がある」とする。


各国の民主主義の成り立ちが非常に興味深い。「英国の議会主権の成功は、中下級貴族が地主のジェントリ階級と結びつき、議会を拠点に王権に対抗したこと。結果的に、産業化に反対する強固な貴族・地主階級が存在しなかったことが、英国の発展につながった。逆に言えば、ドイツなど多くの国においては、農村に基盤をもつ貴族・地主階級が保守・反動勢力となり、民主化に抵抗していた」「フランスでは、中央集権化によって貴族たちは土地との結びつきを弱め、行政の実務を担ったのは、王が派遣した官僚たちだった。結果として、貴族たちは特権を享受し続けることで、平民たちの憎悪を買うことになった。政府は有力なエリート層を十分に支配できず、むしろより弱い人々に重税を課すことで、その後のフランス革命の勃発を招いた」「アメリカの建国の父たちが理想としたのは『高い知性を持つ、有徳な人々』による共和国。アメリカ独立をもって、近代における民主主義の大きな出発点というには、どうしても躊躇してしまう」は、なるほどと唸らされる。
そして、「古代の民主主義と近代の民主主義を隔てるポイントの1つは、政党の承認にある。党派を嫌った古代の民主主義に対し、近代の民主主義はむしろ、その本質の一つとして政党を受け容れた」という流れは今に繋がるものであるが、「政治学の『常識』の歴史は2世紀にも満たないものであり、けっして完成されたものではない。過去の議論を踏まえつつ、現代的なバージョンアップが求められている」は確かにそうだな。


そして、20世紀の状況について「各国において平等をもたらしたのは、総力戦、相続税累進課税の導入、そして高度経済成長。これらの結果、格差拡大が一定程度に抑制され、戦後民主主義の安定期を迎えた」「1970年代後半以降、再び格差拡大へと向かった欧米諸国において、相続による富が経済の主要部分を占めるようになり、不平等が20世紀初頭の水準へと戻ってしまった。この結果、民主主義を支えるとされた中間層の没落は、政治の分極化を招いて民主主義の運営をより困難にした」とみるのは、思わぬ気づきだ。なるほどなぁ…


日本の民主主義の経緯について「幕末の『公論』の理念に『政治』の契機を見出し、明治憲法体制における議会制と複数政党制による政党政治に、一定の制度化を見る」ことができるものの、「結局、日本において拡大する格差と不平等を是正することになったのは、皮肉なことに総力戦体制(国家総動員体制)」であり、「戦前から戦時中にかけて、人々の精神に重くのしかかった国家の存在が取り除かれた結果、人々は貧困と欠乏にもかかわらず、ある種の自由や開放感を感じた。このような感覚こそが、戦後民主主義の基底にあった」とする。そして投票率低下など、日本の民主主義は危機的状況にあるものの「日本の民主主義の歴史を振り返れば、深刻化する社会の諸課題に対し、政治が有効に対応しきれないとき、不満が蓄積すると同時に、新たな民主主義への胎動が加速してきた」と、その可能性を信じる記述があるのは少し救われる。


そんな民主主義のポイントは「民主主義の原動力にあるのは自治であり、人々は自らの地域の問題を自らのことがらとして捉え、それゆえに強い関心をもっている」「『政治』の成立を前提にして、初めて民主主義は実現する」「民主主義には、有権者は明確な意志をもち、合理的な推論を行うことができるという前提がある。しかし、現実には群衆になると、人々の責任感が後退し、思考力が低下することがしばしば」であるとしたうえで、どうすればよいか。
現代民主主義で留意すべきは、筆者は「安全、経済、自由は同時に実現が難しい、いわばトリレンマ。この難局をいかに民主主義が乗り越えて行けるかが、今後の最大のテーマ」「厳しい時代においてこそ、人は何を信じるかを問われる。第一に『公開による透明性』、第二に『参加を通じての当事者意識』、第三に『判断に伴う責任』」と主張する点、なるほど納得だ。


それにしても。「人々は伝統社会から遠ざかるにつれ、他者との結びつきが弱まっていく。他者との関係をあらためて再構築しない限り、人々は孤独に陥りがち」「自由な民主主義社会をつくるためには、日常的なレベルで人と協力する練習をしておいた方がいい」という19世紀貴族であるトクヴィルの指摘が、現代社会に驚くほど当てはまることが凄い。
知っているようで知らない民主主義。それを体系的に総ざらいして、かつ安易な結論に飛びつかないあたり、これは良書だ。