世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】亀山陽司「ロシアの眼から見た日本」

今年94冊目読了。外務省でロシア課に勤務した後、現在は林業のかたわら執筆活動に従事する筆者が、国防の条件を問い直す一冊。


どうしても、物事は自分の都合で考えがちだが、まさに「逆から見るとどうなるか」ということを感じさせてくれる良書。そもそも、こんな隣国とうまくやっていくことができるのか?ということを、冷静に考えるべきだな。


筆者は、ウクライナ動乱を起こしたロシアについて「ロシアは別に変わってなどいない。2000年のプーチン政権誕生以降、経済協力を軸にした西側諸国との協力関係を大事にしつつ、ロシアは一貫して大国の地位を回復しようとしてきた。2014年のウクライナ政変は、くすぶっていたロシアの大国意識に危機感を植え付け、火種を提供したに過ぎない」と冷静に分析。


そもそも、ロシアから見た日本について「出会ったそもそものはじめから、日露戦争、シベリア出兵、満ソ国境紛争、第二次世界大戦、そして冷戦と、日露関係は戦争と対立の歴史だった」「ロシア人には日本に対する二つの相反する見方がある。一つは独自の文化をはぐくんだ尊敬すべき国としてのイメージ。この日本はサムライ精神を濃厚に持ち、夕刊にもアメリカと戦って負けた。もう一つは第二次大戦の敗戦国としての日本を象徴するイメージ。この日本はアメリカの衛星国となって、『アメリカ帝国主義』の片棒を担いでいる」「現代のロシアは、日本をアメリカとの関係を通して見ている」と言及。
さらに大枠から見ると「ロシアから見れば日本は自らの秩序には属さない(アメリカを中心的パワーとした秩序に取り込まれている)異質の国家であり、可能であればいずれはロシアの衛星国にしたいと考えている」「日本は、真の主権国家ではない以上、ロシアと対等ではあり得ない。これがロシアの見る現在の日本の姿」と、非常に厳しい現実を突きつけてくる。
実際、「日露戦争での敗北に続いて、シベリア出兵というソ連にとっての『原体験』は、極東において日本は危険な存在であり、その脅威を取り除かなければソ連の安全は保証されないと認識させるものとなった」「スターリンは、日ソ中立条約を一方的に破棄して、敗戦の間際に飛び入り参戦した戦争について、自らの行動を恥じるどころか、40年前の日露戦争の雪辱戦だったと述べて、堂々と正当化している」と言われると、悔しいながらもそうなんだろうな、と感じさせられる。


なぜ、ロシアとの交渉は難しいのか。「ロシア人は、相手に隙を見せないということを信条にしている。しっかりと理論武装し、礼儀正しく、そして忍耐強い。こういう相手を前に、自分の主張を通すのは簡単ではない。だからロシアを相手にした交渉は難しい」という筆者の指摘はなるほどなぁと思う。


明治以来の日本の対ロ姿勢についての「富国強兵政策は、自らがアクター(主権国家)になることを強烈に志向した国家戦略」「日本の国際秩序観は大きくぶれてしまった。英国のように均衡を絶対的な方針としたバランスの取れた柔軟な外交を継続して行うことができなかった。日英同盟を結んで、ロシアの覇権を阻止したまではよかったが、今度はその空白において自らが覇権国となろうと考えてしまった」「極東地政空間に覇権を確立しようという日本の野望は、ロシア帝国の崩壊によって生じた力の空白に乗じたシベリア出兵に原形を見ることができる」という分析も、納得できる。


筆者は、モーゲンソーをよく引用するが、これは確かに理解できる。「すべての外交政策は、現状維持政策:力を保持しようとするが自らに有利になるように力の配分を変えるものではない。帝国主義政策:自国に有利になるように力の配分を変更しようとする。威信政策:現状維持政策や帝国主義政策を推進する手段の一つで、力を他国に印象づけることであり、外交儀礼と軍事力の誇示。の3つに還元できる」「帝国主義的な企図に対し、現状維持政策的な措置をとって対抗することは致命的だが、現状の中で調整を求めるにすぎない政策を、あたかも帝国主義政策であるかのように処理することも危険」という分析は流石。
外交の仕事は「①自国の国力に見合った実現可能な目的を決定する②他国の目的と国力を評価する③自国と他国の目的がどの程度両立できるかを評価し判断する④目的の追求にふさわしい手段(説得、妥協、武力による威嚇)を選択する」とし、協調的均衡のための5つの前提として「①実益のためには、価値のない権利の幻影を捨て去れ②後退すれば必ず面目を失うとか、前進すれば必ず重大な危険に出くわすといった立場に身を置いてはならない③弱い同盟国が強国に代わって意思決定をするのを許してはならない④軍隊は対外政策の手段であってその主人ではない⑤政府は世論の指導者であってその奴隷ではない」と述べる。この観点を日本人はほとんど持っていないように感じる…


日本人は外交についての理解が非常に弱いと感じるが、「我々日本人が肝に銘じるべきは、国際政治の世界においては、誰もありのままの姿を見てくれないのだという事実」「他国の安全保障や国益を無視して、自国の安全保障と国益の最大化のみを追求することが、必然的に国家間の対立と衝突を生み、結果的に双方の国益を失う」「政治的・外交的決定とは、その時々の国際情勢や国内情勢の制約の下で可能な最善策を探すことである。そうした内外の制約条件を無視した最善策などというのは単なる妄想に過ぎない」「国民世論や国民感情に流されてしまうのでは、政治、外交の指導者とは言えない。ただの無責任なポピュリズムでしかない」という指摘はそのとおりだ。
さらに「交渉事というのは、通常は取引であって、双方にメリットがなければ合意に至るのは不可能に近い」「北方領土問題は、主権に関わる問題という以上に、安全保障上の問題であり、さらに言えば、米ソの均衡に関わる問題」という前提に立たないと、解決も何もないんだろうな…


では、日本はどうすべきか。「国防を考える際にまず検討するべきは、日本がどういう世界を是とするのかというビジョンの問題。我々は、軍事的合理性のみに立脚した国防政策が肥大化・自己目的化することがないかを常に検証し、総合的で長期的な観点から国家の目指すべきビジョンに適合した政策となっているのかを、不断に検討に付すことを忘れないようにしなければならない」「現代世界で『平和』は、国家主権の制限によってではなく政治的対立を緩和し極小化することによって達成するしかない。その手段こそが外交だ」とする。
具体的には「日本は大国の注意を引きつける潜在的なシアターであるからこそ、同時にバランサーとしての可能性を持っている。日本にできることは、アメリカのプレゼンスを極東で維持すること。それ以上の目標は日本の国力を超える目標」と述べるあたり、非常に現実的で冷徹だと感じる。


最後に筆者が述べる「紛争に至るにはそれぞれに固有で特殊な事情があり、それらを無視して理想主義や原則に固執した主張を行うことは、問題の解決につながらない」「『合理性』や、自分に都合良く作られた『理論』に頼ってものごとを判断するのではなく、決して汲み尽くすことのできない歴史と現実の声に耳を傾ける感受性を持ち、現実感覚でもって平和と秩序を不断に求めていくことの重要性」というポイントは、全く同意だ。