世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】緒方貞子「満州事変」

今年107冊目読了。国連高等難民弁務官国際協力機構理事長を務める筆者が、満州事変の勃発から国際連盟脱退までの経緯を克明に分析し、政策の形成過程をつまびらかにする一冊。


満州事変当時の政策決定に対して対立する構造を「佐官級ならびに尉官級陸軍将校が対外発展と国内改革とを断行するため、既存の軍指導層および政党ならびに政府の指導者に対し挑戦したという、三つ巴の権力争い」とみることに、まずもって驚く。
その陸軍将校の暴走に対し「文官指導層は自己の責任と信念とを最後まで貫徹することなく、自らこれを放棄した」「満州における政治的・軍事的成功は、しばしば、国策や軍上層部からの指令に反抗することによってもたらされた。軍の内部的結束は、軍が外部に向かって勢力を拡大するのと反比例して崩壊して行った。その結果残されたのは『無責任の体制』のみであった」という体たらく。「本事変中における外交政策の変化は、関東軍の要求が国策に編入されていく過程であり、当時の内部における権力関係を如実に反映するもの」という見方は、教科書的な筋では見えてこない世界だ。


普通選挙法の成立とその後については「政党の指導者は大衆の圧力を感じこれを恐れたため、時代に対する避け難い譲歩として選挙権の拡大を図ったにすぎない。このことは、普通選挙法案を通過させた同じ議会の会期中に治安維持法案が成立したことにもっとも端的に示されている」「政党は、普通選挙が実現した後もその支持層を新たに有権者となった大衆に期待せず、従来にもまして地主・都市有産階級とのつながりを密接にしていった。次第に大規模な政党の腐敗が現出し、政党政治をその発足当初から泥まみれのものとしたことは日本の民主政治の発展のためには、まことに不幸なことであった」と指摘。この流れは、2021年の現在に至るまで、全く改善されていないどころか、むしろ悪化している…
汚職をめぐる闘争は単なる論争にとどまらず、しばしば議場における怒号や乱闘にまで激化したため、政党政治に対する信頼は全く地に墜ちる有様であった」も、安倍長期政権におけるモリカケ、櫻を観る会などのドロドロっぷりと相似形で、戦前から日本の民主主義の成長のなさを痛感し、哀しくなる。
そして「国内政治の革新と強硬な対外政策の樹立を要求して革新勢力がまさに攻勢に出ようとした時、恐慌に苦しむ国民大衆は、より良い未来を保証する新指導者と新天地を切実に求めていた。ここにおいて、政党政治の腐敗をつき、満州の重要性を強調し、中国ナショナリズムの朝鮮から日本権益を守るために積極的に行動すべしとする革新派の主張に、多くの人々が共鳴するようになった」「在満日本人の絶望的な気運と、緊張した日中関係の現状に接していた関東軍は、もはや偶然の機会を待って軍事行動に移るのではなく、現に存在する多くの抗争をとらえて自ら行動に出る機会を作ろうと望んでいた」として満州事変に至る。関東軍の暴走には、それなりに背景があったということは、理解しておくべきことだろう。


満州事変の悲劇は「関東軍の独立国家論に対し、政府および軍中央部は中国主権の下にある独立政権論を支持していた。両者の見解の基本的差異は、前者が中国とアジア大陸のみに注目していたため満州の支配自体を唯一無二の目標としたのに対し、後者にとっては満州支配は対列国関係を損なわない範囲内において達成されるべき目標だった」ところ、視野の狭い前者が優勢に進んだことだろう。そして「満州事変下において国内に軍需景気が起こると、国民一般はこれをもって満州が約束する莫大な利益を裏付けるものと考え、軍部ならびに満州事変に対する批判は影をひそめて行くばかりであった」と、世論が後押ししたうえに「軍が政治的に擡頭した最大の原因は、満州における日本の権益の保護と発展と言う伝統的な国家目標を達成したことであった。平和的手段を用いてはこれに成功することの出来なかった政府は、軍に対しいきおい受身とならざるを得なかった。その上、軍は部内の過激分子の危険性を利用して、政府、政党ならびに宮中関係者に圧力を加え、権力を拡大することに努めた」とあっては「満州国の建設は、政府と軍中央部の反対を無視して関東軍の手により実行された」というのも、むべなるかな。


他方、列国の動きも複雑怪奇である。「大国が軟弱な態度を取ったことは、かえって関東軍指導者をして政府に反抗してますます過激な手段をとっても大戦争の危険はないと判断させ、結果的には彼らの慢心を強め、独走を促進した」「列国が国際連盟の加盟国としては日本を非難しながらも、個々の国家利益の追求者としては妥協的態度をとっていることを日本がはっきりと見てとった」「満州事変の遺産の一つは、日本が列国の名目上の反対と実質上の反対との間に差があることを発見したことである。それ以後国際情勢に対する日本の評価には一種の『甘さ』が見られるようになり、さらにそれが日本の外交政策を冒険主義へと駆り立てた」は、押さえておかないといけない観点だろう。


満州事変が遺した影響については「満州事変は、一つには高まる中国ナショナリズムの要求から満州における日本の権益を守るための必死の試みとして始められ、またいま一つには日本における政治的、社会的、経済的体制を革新しようとする要求によってもたらされたものであった。しかしながら、満州事変が日本の政治体制に残した遺産は、秩序の破壊であった」「政治謀略が是認されている政治制度のもとでは、効果的でかつ責任ある政策決定は行われ得ない」「中央の統制の及ばない領域が存在したため、権力をめぐって対立する諸勢力がそれぞれの立場を対決しあう必要性が減少し、それがまた統一された政策決定構造の発達を妨げた。かくして、満州事変以後に残されたものは、一貫した外交政策を決定、実施することの出来ない『無責任の体制』だけだった」という指摘を理解しないと、その後の歴史の流れは読み解けないし、それは2021年の日本を生きる日本人にも繋がっている流れだ…恐ろしい。


筆者の「歴史の考察は、現在、そして、将来に大きな教訓と示唆を与える。日本国内のみならず、アジア情勢、世界情勢が大きな変化に直面する時こそ、歴史を読み解き、歴史に学ぶことが必要である」の言を俟つまでもなく、この本は一読の価値ありだ。