世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

石田勇治「ヒトラーとナチ・ドイツ」

今年114冊目読了。


ナチスの本はちょいちょい読むのだが、その理由は筆者の「21世紀の今日、人権と民主主義が人類にとって最も尊重・擁護されるべき普遍的な価値・制度であるとするなら、それらが容赦なく粉砕された近過去の事例に目を向けることは大きな意義がある」という言葉に語り尽くされている。


ヴェルサイユ条約が「ドイツ国民はこんな厳しいと予想していなかった。条約調印を拒否すべきとする世論がにわかに高まったが、拒否すれば戦争再開の恐れがあった。やり場のない国民の怒りは、この条約を受諾したヴァイマル共和国政府へ向かった」。厳しい賠償が、ナチスの擡頭を招いたというのはよく言われることだ。


「議論して多数決で何かを決めるという民主主義のルールを嫌うヒトラーは、選挙や議会に何の意味も見出さず、反議会主義を標榜していた」というヒトラーが少数政党ながら首相指名を受けたのは、大統領ヒンデンブルクの考えがあった。「ヒンデンブルクが成立させたヒトラー政権はナチ党の単独政権ではなく、ドイツ国家人民党という伝統的な保守政党とナチ党の連立政権」であり、ヒンデンブルクは「特定の政党ではなく、党派を超えた国民、特に右派勢力の全面的な支持の上に、議会を排した権威主義統治が行えればと考えていた」「それがヒトラーの手を借りて実現できれば、あとはまた大統領大権を使って、ヒトラーを失脚させればいい」とたかをくくっていた。「ヒンデンブルクはかねてより議会政治からの決別を望んでいた」ため、ヒトラーを利用しようとしてヒトラーにドイツを乗っ取られた、ということになるのは注目すべきポイントだ。


大衆に向けてはヒトラーは「ヒトラーの演説は、すべて巧みな時事政談である。聴衆に応じて取り上げるテーマを変えたが、論じ方は同じだ。最初に暗澹たるドイツの現況を静かに論じ、やがてその原因がどこにあるのか、なぜそんな苦境に陥ったのか、どうすれば失った未来を取り戻せるのか、世界を善悪二項対立のわかりやすい構図に置き換えて情熱的に語った」「大衆を焚き付けるために、専門家の議論を卑近な言葉遣いに書き換えた」が、政治を動かすにおいては「閣議を開かず、大臣の不安や省庁間の溝、相互不信、対立を助長しながら、最終決定者として自らの威信を高めた」「ヒトラーの命令は、会食の席や二人だけの立ち話で伝えられることが多かった。側近たちは与えられた裁量の範囲で、ヒトラーの歓心と寵愛、より大きな権限を得ようと、『総統の望み』を慮っていっそう過激な行動をとるようになっていった」と、自身の思うがままに世の中を動かそうとした。


そんな中、なぜドイツ国民はヒトラーを支持したのか。「国民の大半がヒトラーの息をのむ政治弾圧に当惑しながらも、『非常時に多少の自由が制限されるのはやむを得ない』とあきらめ、事態を容認するか、それから目をそらした」ことに始まり「高まるヒトラー人気の秘密は、『平和のうちにヴェルサイユ体制を切り崩し、ドイツが他の列強と対等の国になれた、強いドイツを取り戻した』と国民が感じたことにあった」。そして「ヒトラー政権下の国民は、あからさまな反ユダヤ主義者でなくても、ほとんどの場合、日常生活でユダヤ人迫害、とくにユダヤ人財産の『アーリア化』で何らかの実利を得ていた」ことにより、ナチスの蛮行に手を貸すことになる。
結果、「ロシア革命の顛末をユダヤ人の陰謀だととらえて納得した」ヒトラーが「独裁と戦争でドイツのすべてを破壊しながらも、ドイツをユダヤ人の魔の手から救うという妄想の使命感を最後まで抱いていた」状況で、大虐殺を引き起こしてしまうというのは、システムの暴走としか思えない。


「カリスマは危機の中で生じやすい」との指摘どおり、2021年現在の日本のように「閉塞感の強い世の中」ではデマゴーグを駆使する独裁政治家が生まれるおそれがある。