世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】稲垣栄洋「生き物が老いるということ」

今年95冊目読了。静岡大学大学院農学研究科教授の筆者が、死と長寿の進化論という観点で生物の老死を考える一冊。


自身アラフィフで、親も老いている状況において手にしたが、なるほど農学の観点から老いについて考えるというのは非常に新鮮で、驚きばかりだ。学者というより詩人のような筆致もなかなか面白い。


筆者は人生について「人生は一日に喩えられる。すがすがしい朝もいい。太陽の光が降り注ぐ昼もいい。しかし、夕暮れの美しさにはかなわない。そして、夜になれば満天の星だ。夕暮れや夜の時間を楽しまずして、何が人生だろう」と述べる。
そして、自らの農学に引き寄せて「植物であるイネにとって、もっとも重要なことは、米を実らせることである。葉を茂らせてせっせと光合成をしてきたのも、懸命に茎を伸ばし、稲穂に花を咲かせたのも、すべては、米を実らせるためなのだ。そうであるとすれば、イネにとっては『老いの時期』こそが、もっとも重要な時期である」「成長は、確実に次のステージに進んでいる。できなくなったことを呪ってみても、仕方がないことだ。それよりも、今までできなかったことが、ついにできるようになったのだ。『老い』は『米を実らせる』という成長である」とするあたりは、なるほどなぁと驚く。


生物学的観点から「知能を正しく使うには、知識と経験が必要である。そして、その知識と経験を誰よりも持っているのが、私たち哺乳類の年長者なのである」「哺乳類は次の世代を産んでも、『子どもを育てる』という大切な仕事が残されている。そのため、哺乳類は子どもを産んでも死ぬことなく、生き続ける。そして、子どもを保護しながら、子どもにたくさんの経験と知識を与えなければならないのだ。それが『知能』を選択した哺乳類の戦略である」「人間は、寿命が長い。それは、人間にとって、長生きすることに意味があるということである。そして、『死なずに老いる』ことに意味があるということなのである」と言われると、人間の特殊性に気づかされる。


さらに「年寄りは、けっして過去に生きているわけではない。未来を作る者こそが、年寄りなのだ。『次の世代』である子どもたちや若者のために生きる。『次の世代』という未来のために生きる。それが『老人』の生き方である」との言及は、大きな発想の転換だなぁと思う。


生命の死についても「生命は死ぬのではなく、生命は『死』を獲得した存在なのである。何千年、何万年もの間、コピーをし続けるだけでは、永遠の時を生き抜くことは不可能なのだ。そこで、生命は永遠であり続けるために、自らを壊し、新しく作り直すことを考えた。つまり、一つの生命は一定期間で死に、そのかわりに新しい生命を宿すのである」と、生物学的見地から切り込む


老後の捉え方についても「私たちが獲得した『老後の時代』は、生物学の常識からも、遺伝子の支配からも、完全に解き放たれた時間である。私たちの老後には、何のしがらみも、呪縛もない。老後を生きる私たちこそが、遺伝子の呪縛から解き放たれた最初の生物なのだ」「若いうちは、たとえ好きでなくても『得意なこと』をやろう。そして、年齢を重ねたら、得意でなくても『好きなこと』を楽しもうではないか。それは、人間だけが獲得した楽しみなのだ」「成長を遂げた体と、身につけた能力を使って、人としての精神性を高めていく。これこそが、葉で作った養分で米を実らせる実りのステージにふさわしい」「今こそ、私たちにとって大切なことは、そのステージにしっかりと根を下ろし、しっかり老いること。そして、後に続くもののために、しっかりとした『生き方』を見せること。みんなが憧れる『老い方』を見せること」は、なかなか革新的な視点で興味深い。


筆者が最後に書いた詩のようなメッセージ「人生は『なぞ』だらけだ。生きることも不思議だし、老いることも不思議だし、老いて死ぬことも、また不思議だ。わからないままに私たちは今日も生きる。わからないままに私たちは今日も老いる。『なぞ』があるから、人生は楽しい。そして、『なぞ』があるからこそ、人生は美しい。『生きる』という楽しさと美しさを前にして、科学はあまりに無力なのだ」は、共感できる。いい意味で学者らしさがなく、読みやすい興味深い本だと感じた。