世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】恩田陸「ねじの回転」

今年29冊目読了。ベストセラー作家が、2・26事件へのタイムスリップと、そこでの「やり直し」という不思議なテーマで人間の深層を抉り出す一冊。


これまた三谷宏治お薦めで読んでみたが、本当に面白い。恩田陸は、モノによって読後のモヤモヤ感が激しいものもあるのだが、本書は非常に深く読み込むことができた。


小説はネタバレ回避、が主義なので、気になった言葉を。


真実ということについての「要するに、価値というのは相対的なものだってことさ。周囲の状況いかんで、モノの価値は変わる。たった一つの条件が変わっただけで、思いもよらぬ価値を持つものがある」「人間は、真実という言葉に弱いものだ-どんなに嘘をつくのがうまくても、自分の中にある真実からは決して逃れることができないことをよく知っているのさ」「真実は、いつも冷たくむごいものである。そして、残念なことに、そういう冷たくてむごいものだからこそ真実なのだ」などは、本当にそうだなぁと思わされる。


そして「人間が得た最大のギフトは知能じゃない、好奇心だ。好奇心、それ自体が目的となって、人間は冒険を続ける。好奇心が、理性も倫理も道徳も飲み込み、人間をそれまで見たこともない地平へと押しやる」も、また然り。


生きる意味についても「我々は、現実を直視しなければならない。我々の人生は唯一無二のものであって、代替品は存在しない。それが我々の人生の価値を高めることはあっても、決して我々に絶望を与えるものではない」「人生をやり直せたら。誰もが一度は考えるだろう。だが、一度きりの人生が、どんなに幸福かということについてはあまり考えない。何度もやり直せる人生が、果たして幸せだろうか?」など、核心への迫り方が鋭い。


世の中の動きについても「世界は常に変容していなければならない。停滞は生命にとって無意味であり、死そのものである。逆にいうと、生命活動とは変容することなのだ」「人間とは、本来相当に燃費がいい生き物なのだ。現代はほとんどの人間が多かれ少なかれ薬物依存と脂肪過多の状態にある」などは耳が痛い…


組織論の「組織である以上それを動かすのは力関係と政治だよ」「政治と経済を抜きにした活動など、しょせん絵空事にすぎない。どんなに立派な理屈や理想があっても、実現できないことにはなんの役にも立たないと思うがね」も、理想はあっても動けない、という悩みを叩き切るような激しさ。


そして、日本人についての「責任の範囲と所在の曖昧さ、コミュニケーションよりも隠蔽を『和』と呼んで尊ぶ欺瞞。非常に日本人らしい」「目の前に提示された情報を吟味することなく、すぐに浮き足立って他人の尻馬に乗り、その場の雰囲気に酔うのは日本国民の特性だ」の指摘は、コロナ禍の2022年においても、自分自身においてもグサリと突き刺さる指摘だ…


なかなか分厚い小説だが、それだけの読みごたえは十二分にある。これは読んでよかった。