世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】ミハイル・ゴルバチョフ「変わりゆく世界の中で」

今年88冊目読了。ソ連の書記長としてペレストロイカ(改革)に着手し国内民主化を進め、ソ連初代大統領となりつつも権力の座を追われた筆者が、改革に取り組んだ日々と現在への憂いをまとめた一冊。


歴史には、様々な視点がある。特に、思惑が錯綜する現代史においては、その時点その時点では、なかなか「これが正解」とは評価しづらい。しかし、少なくとも、この本を読むと、ゴルバチョフの卓越した哲学は素晴らしい。が、それが失敗したのはなぜか、ということも含めて考えさせられる。


筆者を支えている「核兵器は<兵器の一種>でも<戦争遂行の手段>でもない。これはジェノサイド(集団的大虐殺)の兵器だ」「現代の兵器の特質は、軍事技術的な手段だけで自らを守れる望みはどんな国家にもない、という点にある。結局のところ、力の政策は失敗する。安全保障は何より、政治的手段で解決しなくてはならない課題だ」という哲学こそが、彼に平和への道を進ませ、そして皮肉にも自身の政治生命を断つことになったのだが、その世界観は極めて正しく、故に(皮肉にも)ロシア以外での絶大な人気を誇っているのだろう。


関係性の大事さについても「交渉することである。相手国が何を望んでいるのかをよく知ったうえで、自分にとっても相手側にとっても行き詰まった状況にならないように交渉を進めなければならない。そしてもうひとつ。交渉相手は我々より愚かだと考えてはならない」「お互いをよく知るほうが知らないよりまし。もし少ししか知らないと、必要な安定も信頼もなくなるだろうし、リスクの要素が生まれる」や「勝者や敗者についての会話はなしにしよう。そのような会話は我々を後戻りさせるだけだ」などと述べて、その卓越した人間観を示す。
「現代の人類を苦しめている問題を、以前使われて役に立った手段や方法で解決できると考えるのは、もはや愚かだろう」の国連演説は、恐らくアインシュタインの「問題を作ったときと同じレベルでは解決できない」が念頭にあったのだろう。


そんな彼が、なぜ失脚を余儀なくされたのか。もともと、ペレストロイカは「支配的なイデオロギーに根差したステレオタイプや原理を克服する必要があった。社会も党員の大部分も、民主的な考え方への新しい思考転換を苦労して受け入れた。多くの人にとって、それはほとんど自己否定に近い、許しがたい謀叛だった」「民主主義は善だけではなく、悪ももたらす。我々にとって極めて重要なのは、親切、慈悲、助け合いのような人類共通の永遠の真理、そして道徳を社会にしっかり根付かせることという厳しい認識の中で「私にはひとつ明らかだったことがある。民主主義の手法がどんなに困難でも、前に進み続けなければならないということ」という覚悟を持って進んだ。
しかし「我々は、民族同士の関係や、共和国の強い自立志向の問題に対応するのが贈れた。はっきり言えば、この問題の重要性と深刻さを過小評価していた」ことから、クーデターを惹起し、「クーデターは、主権国家間の新しい連邦関係を築くプロセスを断ち切り、国家だけでなく社会までも解体へとせき立てた」。


この敗退について、筆者は「起きたこと、起きていることの原因を理解しなくてはならない。単純化はしたくない。起きたことへの単純な説明などありえない。しかし、我々の連邦の崩壊から原因のリストアップを始めなければならない。そして、この出来事への反応やその結果について語る必要がある」とし、様々な検討をしたうえで「私がこの自著を記したのは、弁明やせっきょうのためではない。それは、時代の絆を保つためであり、過去と現在の間の対話を途絶えさせないためであり、過去の真実を知って将来への教訓を引き出すためである。変わりゆく世界の中で、これは我々すべてに必要なことなのだ」とまとめる姿は、深い知性と理念を感じさせ、見習わないと、と思わされる。


三者の評価として、訳者の「現状追認ではなく、理想とモラルと良識に立脚して世界を変えた先例がここにある」。解説の佐藤優氏の「ソ連という共産党独裁体制は、マルクス・レーニン主義という全体主義イデオロギーによって成り立っていた。このイデオロギーは全一的体系なので、そこに言論・表現の自由、民主的選挙による議会、市場競争という異質な価値観を部分的に導入することは不可能だった。この不可能の可能性に挑み、敗北していった理想主義者がゴルバチョフ氏なのだと思う。ただし、その敗北の過程で多くの善きものを同氏が残したことを過小評価してはなんらない」のあたりに語りつくされている。それだけ、この本は読む価値がある。


ちなみに、日本人についての記述も興味深い。ベーカー国務長官の「忘れないでください。あれ以上しつこい交渉相手はいません。彼らは何時間も自分の主張を繰り返し、言い張り、すでに言ったことにもどっていきます。相手が<長居して疲れる>のを、ただただ待っているのです」との弁に同意しているのだが、果たして、2021年の現在において、日本はそれだけタフな交渉ができているのだろうか?かなり劣化した下位変換されているようにしか感じない…