世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】朝日新聞国際報道部「プーチンの実像」

今年59冊目読了。朝日新聞モスクワ支局長、ブリュッセル支局長、ヨーロッパ総局長が、証言で「皇帝(ツァーリ)」の実像を暴こうとする一冊。


2022年のウクライナ侵攻後に、プーチンの実像とはなにかを考えるきっかけとすべく手にしてみた。そして、決して暴力(ウクライナ侵攻)は許されないものの、プーチンの価値観からすると一定の言い分はあるんだな(故に、簡単には収まりそうにない)ということは理解できた。


プーチンの価値観を作っているのは「中庭でけんかばかりしていたという子供時代、柔道と出会って立ち直り、KGBを志したという少年時代の話から、プーチンが肉体的な劣等感を強く抱いていたのではないか。彼の話からは、強いコンプレックスと、その結果としての、負けることだけは我慢がならないという強い思いが伝わってきた」「東ドイツで国民の心が政権からすっかり離れてしまっている様子、そしてそうした国家があっさりと崩壊する様子を目の当たりにしたことが、プーチンの心の奥底に刻み込まれているのではないか。だから、プーチンは、自分を国民が支持しているということを、ことあるごとに心の中で噛み締めて確認する習慣から逃れられないのではないだろうか」「プーチンは思想的な面など、チェーカー(KGBの前身)初代議長のジェルジンスキーを模範としている。旧ソ連が存在し続け、権力を維持するには、その手段のKGBを守らねばならないということだ」ということは、押さえておかないと今、そして今後の展開を読み間違えるだろうな。


プーチンの国家観については「私有地や相続権を認めるべきだと熱弁を振るっていたことからわかるように、共産主義に対しては極めて批判的」「多宗教、多民族の国民が、混乱に付け入ろうとする外敵に対して団結して立ち上がり、国家を守るために闘うのがロシアという国だ」というものであり、しかしながら「ロシアの戦略的な地位は重要だが、人口は独仏を合わせた程度で、経済力も弱いまま。プーチン自身も自分の国の限界を十分に知っているはずだ」「プーチンは核戦力をはじめとするロシアの力を誇示して周囲を威嚇し、力に頼る外交を展開している。しかし背後には、立ち上がる民衆や欧米の策謀によって、ロシアという国家が崩壊に追い込まれることへの抜きがたい恐怖感があるのではないだろうか」というのは、まるで北朝鮮を見ているようだ…


プーチンの手法については「あるがままに生きている。なにかを装っていることは全くない。あらゆることに対して、感情豊かに反応する」「初対面の相手に家族の情報をぶつける」「表情を変えずに、本質を突いた質問をする。冷たくて、鋭い」「すぐに答えを出し、言ったことには責任を取る」というのは意外。マスコミが雰囲気だけで創り出している像に惑わされてはいけないな。


冷戦とその後については「ソ連とロシアは冷戦に敗れたわけではない。国民自らの決断で、共産主義を捨てたというのがプーチンの主張だ」「プーチンの目から見ると、冷戦後のロシアの歴史は、欧米から裏切られ続け、弱体化したロシアがつけ込まれ、押し込まれてきた歴史ということになる」というのが基本線にあるのは驚き。
そのうえで「コソボ紛争でのNATOの姿勢に対し、プーチンは強い反発をぬぐえなかったようだ。その遺恨をやがて、ほかの国際問題でロシアが自分の主張を押し通そうとする際に持ち出してくることになる」「コソボセルビアのもの。クリミアはロシアのもの」「プーチンの目から見て、今(※2012年)のG8は一つの意見が支配しており、かつてのソ連共産党のように異論が許されない会合になってしまった」「2014年、ウクライナ側の同意を得ることなく、クリミアを一方的に併合した際には『セルビアの同意なしにコソボを独立させた欧米には、ロシアを批判する資格はない』と主張した」という考え方では、ある意味、筋は通っている。
この書籍が書かれた時より「ウクライナ危機(※クリミア併合)の中で生じた最大の問題はプーチンの言葉を誰も信じなくなってしまったこと」「プーチンシュレーダー森喜朗のように、心を許す相手には愛敬ある一面を見せるようだ。しかし今、そうした外国首脳はほとんどいなくなってしまった」という点についてはさらに悪くなっているように感じる。チャネルがなければ、アクセスのしようもなく、結果的に孤立を招いてしまっている。


そして、日本人はEUNATOを混同しすぎているように感じる。プーチンが森総理(当時)に語った「ロシアは自由と民主主義、法の支配といった価値観を、米国や日本と同じにした。これはけっして簡単なことではなかったんだ。ところがヨーロッパはなんだ。相も変わらずNATOで、ロシアの包囲網を作ろうとしている。ソ連はロシアに変わる時、カザフスタンキルギスウズベキスタンといったソ連内の共和国をみんな解放した。チェコハンガリーなど、共産圏の東欧の国々も山解放した。彼らは自由になった。それは良いことだったと思う。彼らはEUに入るという。経済が大事なことはよく分かる。しかし、そこまでで止めるべきだった。なぜNATOに入るんだ。軍事同盟じゃないか。そんなところにやるために彼らを放したわけじゃないんだ」や、EUバローゾ首相に語った「ウクライナNATOに加盟することは認めないが、EU加盟には原則的には反対でない」のあたりでは、プーチンが明確に軍事と経済を分離して考えていることが読み解ける。


ロシアに自由はあるのか。「ロシアの根幹を担う企業の多くが、ビジネスの才覚とはほとんど関係なくプーチンの『お友達』の手に握られている」「プーチン政権の最初の八年間で、権力に挑戦するものは消去された。あるものは物理的に。ある者は政治的に。またあるものは経済的に破綻に追い込まれた。現在、その結果として、ロシアにはプーチンに対抗するものは誰もいなくなってしまった」という恐ろしい現状がある。
その結果として「プーチン個人が君臨するソフトな全体主義。それが今のロシアの権力構造」「中国が制度化された専制国家だとすれば、ロシアは制度化されていない専制国家」になってしまっている。


そんな中でも、なぜロシアではプーチン政権転覆活動が起きないのか。「『我々の敵になれるものならなってみろ』と言わんばかりの発言は、周辺国を威嚇するためというよりは『ロシアが軽視されるのは我慢ならない』という心理から来ているようだ。そして、そうした心理は、ソ連崩壊後経済的に困窮し、苦難の時期を乗り越えてきた多くの国民にも共有されているように思える」という認識は、外からはわからないな…


巻末の「プーチンは今後、欧州との関係をどう立て直していくのか。それに欧州側はどう応え、米国はどう反応するのか。複雑な思惑が交錯するなか、ロシアの隣国であり、北方領土問題を抱える日本にも、外交の創造力を問われる局面が遠からずやってくるに違いない」のとおりになってしまった2022年。色々と考えさせられ、学ぶことの多い一冊だった。一読をお薦めしたい。