世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】デイヴィッド・パトリカラコス「140字の戦争」

今年77冊目読了。中東を専門に取材するジャーナリストである筆者が、SNSが戦場を変えたという事実を、数々のインタビューから解き明かす一冊。


歴史上の戦争(20世紀まで)と、21世紀の戦争は全く別物だということをまざまざと実例で見せつけられる。これは凄い本だ。


戦争の変容について「戦争がこれほど身近に感じられ、感情を揺さぶり、簡単に目撃できたことはない。かつては国家だけがコントロールできた情報発信という極めて重要な領域を、ソーシャルメディアが個人に開放してしまった」「重要なのは、強力な兵器を有する者よりも、言葉やナラティブによる戦争を制する者が誰かなのだ」と指摘。そして、そもそも武力の勝負だと思われていたものが実は物語の勝負だ、と見抜くところが秀逸。「情報とメディアの古いヒエラルキーソーシャルメディアが解体し、強大な力を持つ、まったく新しいタイプの個人を生み出した」「21世紀の戦争は、どの軍隊が勝つかよりも、どの物語が勝つかのほうが重要だ」のあたりの指摘が、戦争の根本がナラティブだということを浮き上がらせる。


現代における真実の意味の変化として「①客観的真理という概念の死に伴い、フェイクニュースが真実のニュースを汚染している②ソーシャルメディアで、物語はウィルスのように拡散し、自在に伸び縮みするゴムバンドのように事実を歪曲する③ツイートそのものが物語になる④ルールが書き換えられ、デジタルを使う人が国家の先を行く」と衝くあたりも、情報及びSNSに「踊らされる」時代であることを痛感させられる。
ソーシャルメディアの卓越した能力として「①メッセージを増幅する力②人びとを動かす力」「力というものが既存機関から個人と個人のネットワークに移行し、その力の移行を戦争や日々の暮らしにもたらした」「『時間』『空間』『方法』の3つにおいて古い秩序を破壊する」は間違いないのだが、あまりにも副作用が大きい事も認識しなければならない。


SNSと情報の特性「ツイートで重要な要素は『ソープオペラ』『公開ダイアリー』『シリーズ化』」「ソーシャルメディアの閲覧者は、スマートフォン画面をスクロールして、目を引いたものしか読まない。写真や図などのグラフィックを使えば、もっと簡単に情報を理解してもらえる」「鍵は隠れた情報を見せることだ。メディアも一般人も”三面記事的な”話題に関心が高い」「普通の市民はデータについてじっくり考えたりしない。理屈はあまり重要ではなく、市民は自分の考えを感情で決める」「たいていの人はろくに検証もせずに、でたらめな情報を次から次へと垂れ流していた」は、現代マーケティングにも通じる部分があり、いかに人間が騙されやすいかを痛感する。


現代の私たちが直面する問題として「まず、政治と戦争の境目がますます曖昧になりつつある。次に、政治がこれほど不安定だった時代はない。ソーシャルメディアは本質的に社会を不安定にする技術であり、その普及と時期を同じくして西洋社会は危機に瀕した」「あらゆる情報に対する疑念のタネを人びとの心にまけばまくほど、何かの情報を聞くか読んだ時に真実を見極める力を人びとから奪っていく」と指摘する点でも秀逸。情報を持つことが正しいとも全く感じられなくなる…


トランプとプーチンについて「ふたりの目的は同じだ。古い時代の政治家のように真実を歪めることではない。客観的真理が存在するという考えそのものを否定することだ」と述べていることが、2022年のウクライナ侵攻を眼のあたりにすると、生々しく感じられる。「歴史を振り返れば、旧ソ連共産党の前身ボルシェビキからナチスまで、過激なイデオロギーを持つ集団の行動は、決して大衆運動ではなかった。むしろ、比較的小さな狂信者の集団が権力を掌握し、その世界観を大衆に押し付けたのである」「ナラティブの次元で戦うとき、独裁国家よりも民主主義のほうが不利な立場にある。簡単に言えば、ロシアや中国の政府機関が従わない民主主義的な規範に、民主主義の政府機関は従わなければならない」は、コロナ禍に見舞われた2022年には強く感じる部分だ。


戦争だけでなく、現代という社会が抱える病理までファクトベースで解き明かす良書。これは一読の価値がある。