世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】吉田一郎「世界飛び地大全」

今年76冊目読了。「市民じゃ~なる」編集者の筆者が、不思議な国境線の舞台裏を調べて解き明かしていく一冊。


畏敬する先達がお薦めしていたので読んでみた。よくもまぁこんなマニアックなところまで!という網羅ぶりが凄い。


飛び地ができる原因を「ソ連時代はどこに帰属しようとソ連国内には変わりないからたいした問題はなかったが、ソ連が崩壊して各共和国が独立すると、国境線や飛び地の帰属をめぐって紛争が続いている」「もともとは『隣の村とはご領主さまが違う』程度だったのに、いつの間にか国際政治や宗教対立に翻弄されて、不幸が今でも続いている」「第二次世界大戦後、植民地は相次いで独立したが、その際に同じ宗主国の植民地だったものが別々に分離独立して新たな飛び地が生まれた」「列強同士の力関係や思惑で、小さな植民地があえて残された」「戦争で領土を割譲した際に、敗戦国が海への出口などの回廊部分を割譲させられたなどで飛び地が生まれた」と列記。「鉄道や道路、港などの交通インフラを他国が管理・運営しているのは①管理・運営権を他国が握っている②管理・運営権だけでなく鉄道や道路の敷地も他国の領土になっている、の2つのケースがある」と述べる。
見逃せないのは「住民が団結して抵抗しないように、民族などいくつかのグループに分けて分割統治をするというのがイギリス流の植民地支配。ある時は一方の、またある時はもう一方のグループを優遇して住民同士の対立を煽っておきながら、自らは何食わぬ顔をして調整役に回るという芸当は、『腹黒紳士』たるイギリス人こそがなせる技」というイギリスの罪が大きく影を落としている、ということ。何が紳士の国だ、と言いたくなるような悪行の数々だ。


飛び地の特徴として「飛び地は、密輸や麻薬取引の拠点となる」「警察の目も届かないから飛び地の治安は悪く、賊たちの格好の餌食になっている」というのは、そうなんだろうな。そして「産業が成り立ちにくい飛び地を支えるために、優遇政策が実施されていることが多い。もっとも、政府が特別な優遇政策や財政援助をしてくれなければ、飛び地に住んでいるメリットはなく、不便なだけ」というのは、なるほどなぁと思う。


飛び地の解消法は「①領土交換②飛び地と本土や相手国との通行規制を緩和して不便を解消する③飛び地と本土を結ぶ回廊を作る」だが、なかなか難しいようで、それぞれの事例でそれなりに理由があって飛び地が残る、ということがよくわかる。解消しようにも「独立を目指した飛び地はバングラデシュとシリアくらい。いずれも『豊かな飛び地が貧しい本土に搾取されている』という不満が背景にあり、本土からの補助や優遇措置で支えられている大半の飛び地では、独立という発想はまず非現実的」となるのも、むべなるかな。


個別事象についても、非常におもしろい。「カリーニングラードがロシアになったのは、東プロイセンに住んでいたドイツ人はほとんどがドイツ本土へ強制移住させられ、新たにロシア人が入植したから」「九龍城は現実にどこの国の法律も適用されない一角だった。そんじょそこらの無法地帯とは格が違う」「スワヤンブーナート寺は昔ブータンの飛び地だった。チベット仏教に敬意を払い、ネパール王朝がブータンの法王へ寄進したから。ダライ・ラマに寄進しなかったのは宗派が違ったから」「ユーゴスラビア王朝の王族がイギリスに亡命している間に皇太子が生まれる際、『国内で生まれた者にしか王位継承権は認められない』ことから、チャーチルが一時的に『ロンドンのクラリッジスホテルのスイート・212号室をユーゴスラビアへ割譲する』と宣言した」などは知らなかった…「中華民国の公式の首都は南京」というのは知っていたが、「北朝鮮の首都は現在では名実ともに平壌だが、1972年までは憲法で『首都はソウル』と定められていた」はびっくり。


「国家として認められるには『領土、国民、主権』」という原則はありつつも、なかなか難しいのが飛び地。特に2022年においてはロシアの飛び地・カリーニングラードが注目されており、なかなか面白く読めた。が、残念なのが、タイポ(誤字)がちょいちょいあってイラっとすること。チェックは丁寧にやってほしいなぁ…