世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】岡本行夫「危機の外交」

今年87冊目読了。外交官出身で、内閣総理大臣補佐官を歴任した筆者が、その半生から国家と外交について振り返る一冊。


会社の元同僚に薦められて読んでみた。本の物理的分厚さにも驚いたが、中身の分厚さも半端ない。これはすべての日本人が外交を考える上で読むべき本だ、と感じた。アラフィフのオッサンとしては、ニュースで見た出来事がこのようにできあがっていたのか、と感嘆するしかない。


太平洋戦争の野村大使の通告遅れについて「最低限の形式だけを整えればいいという日本の戦争指導者たちのメンタリティーは、戦争という枠組みの中ですら最低限の倫理性すら欠いたもの」「本質は真珠湾攻撃全体を流れる不公正さと陰湿性」とみるのは深い洞察。さらに戦後の「日本の『赦し』の根底には、仏教的な諦観もあるが、そもそも戦争の総括が行われていないため誰の責任も問わないという知的怠惰ゆえの『赦し』もある」という指摘にはうなだれるしかない…
そのうえで、日本における敗戦の意味について「戦争で死んだ一般兵士と市民の尊い犠牲の上に、今日の日本の平和と、繁栄と、民主主義と、東アジアの安定化がある。日本の中に巣食い、日本を破壊した軍人たちは、この犠牲がなければ放逐されなかった。そう考えると一般兵士たちは、国家にとっての内なら敵の手から国家を取り戻すための凄惨な戦争で死んでいったことにもなる。あまりにも大きな、途方もない規模の犠牲であった」「結局、反軍感情も、反核感情も、すべて太平洋戦争にルーツを宿している。戦争に勝った国は忘れるが、負けた側は常に半世紀から一世紀はその記憶が国の生き方を規定する」「日本では、欧米のように軍が市民の側に立って戦ったことがない。それどころか、日本人には軍が国を破壊したという強い反軍感情がある」と読み解くあたりは、なるほどなぁと感嘆するしかない。


アメリカという国についての「アメリカは、特別な国だった。自国に攻め込んだ敵国に対して懲罰でなく好意と博愛をもって報いるとは!」「アメリカ人のオープンに外国人の話を聞き、本質を理解しようとする姿勢、自分の意見を簡潔にまとめる能力、何よりもフェアネスを追求しようとする姿勢は印象的だった」「アメリカ国民は国内問題については、自分の政府に反対することがあっても、対外関係については常に政府が掲げる星条旗の下に結束する」という分析は、自らが最前線で対峙してきた経験がにじむようなものである。


他方、日本はどうか。「方向性を与えられたときの日本人は、強い。目的に向かう執念、勤勉で緻密な国民性。均質な大衆社会と分厚い中間層が、生産、消費双方の高度成長をもたらした」「日本社会は一定の枠に人間を押し込める。会社に都合の良い協調型人間を作る教育、男に都合よく奉仕する従順な妻たちを作る社会、大学受験にだけ役立つ塾通いをさせる家庭。老人や女性が社会の規範からはみ出してノビノビと生きていけるところではない」の指摘はそのとおりだし、「役人は、何であれ、自分たちが権限を持ってやっている仕事に、政治家以外の関与は許さない」「日本帝国軍人も現代日本の官僚も、自分の属する組織への忠誠は絶対である。その組織が一生自分の面倒を見てくれるからだ。」という弱さも頷くしかない…


安全保障を司ってきた筆者の「核を安全に所有するためには、考える以上に膨大なインフラと人的資源が必要であり、こうした体制の取れない国は核兵器など持つべきではない」「日米安保体制の目的を一言で言えば、『周辺諸国に抑止力を見せ続ける』ことだ。抑止力は不断の努力によって、初めて成立する。米軍は、日本に常時駐留しているからこそ、日本の強い抑止力になる」「日本の安全保障のために必要なのは憲法改正の前に、まずきちんとした政治姿勢なのだ」という提言は重い。
具体的事象として、湾岸戦争での日本の失敗については「①海部首相を含め、日本の指導者たちが湾岸戦争における日本の役割についての正確なビジョンと同盟論を持たず、日本が何をすべきかを理解できなかったため②日本の何人かの重要官僚が事なかれ主義や、国益よりも自分の省の利益を優先させたため③国会での野党の反対を恐れる政府が日本の貢献策を広報しなかったため」。20世紀の沖縄の苦難については「①太平洋戦争のときに沖縄が凄惨な戦場になったこと②日本が1951年に独立を回復した時に、沖縄だけが米国の占領下に残されたこと③沖縄が日本に復帰した後の基地負担の不公平さ」とし「普天間基地の移設を実現するためには、報道記事になる前に、地元への静かな根回しが必要だ。血のにじむような地べた工作のみが基地問題を解決する」のあたりの言及も、心に刺さる。いかに日本が平和ぼけをしているか、ということだろうな。


日本のアジア外交の難しさについては「自分たちは戦争に関して罰せられたのだからこれからは新しいページを開こうと主張する日本。おまえたちがアジアで犯した罪は未だに清算されていない、もっと謝罪しろと主張する中国と韓国。この断絶は戦争から75年経った今も、埋まっていない。アジア全体における日本の評判は悪くない。二つの例外が中国と韓国だ」と指摘。
中国については「共産主義が見捨てられ、党の権威が揺らぐとき、それを防ぐ最も簡便なテーマは、共産党軍が悪魔の日本帝国主義者たちを撃退したという勝利の物語である。実際には日本軍を撃退したのは共産党軍ではなく国民党軍であったが、それはどうでもいい。『悪魔の日帝を駆逐した共産党』というテーゼで国民の支持を固めたのである」「真の和解は、どうすればできるのか。なによりも中国指導部が『日本と和解しなければならない』と痛切に感じることが大前提だ。中国の世代交代も意味があるだろう」とみる。
他方、韓国については「日本に対する韓国の行動の根底にあるのは、国家利益ではなく『恨』と呼ばれる日本への怨念である。だから韓国の行動は予測が付かない。日本の韓国外交の難しさは、一度両国間で決まったことでも次の政権が容易にこれを否定することだ。ゴールポストは次々に移動する」「韓国には罪刑法定主義法の不遡及は存在しない。民族の怨念が晴れない限り、日韓関係の前進はない」と非常に悲観的…


では、日本はどうあるべきか。「機能する日米安保体制こそ、北朝鮮の日本への攻撃に対する最大の抑止力」「これからの日本外交の最も重要な目標は、中国にいかに台湾への武力侵攻を思いとどまらせるかにある」とし、アーミテージ元国務副長官の「米中関係を良くするには米日関係を強くしなければならない。中国は米日の間に綻びを見つければ、まず米日を分断させようとかかってくる。米日関係が強固であれば中国は分断を諦め、初めてアメリカとの協議に真面目に取り組んでくる」を引用しながら「危険分担をどうするか。日米関係がうまくいくかどうかは、ただ、この一点にかかっている」との言及は流石としか言い様がない。コロナでこの傑物を喪ったことは日本にとって国家的損失だ…


国家と指導者について「結局国家を率いて何をしたいのか。その情熱と哲学が指導者に必要な絶対条件である」「いつの時代にも、最も大事なのは指導者がどのような方向性を国民に示すかである」「治安の安定化に最も必要なのは市民の信頼感を勝ち得ること」と述べるところも重い。今の岸田にこのような覚悟はあるのか?ないんだろうな…


人間というものについての「仲間になってもらえるか…全力でぶつかれば道が開けるかもしれない。ハッタリも小細工も使わない。正面からの説得が通じない相手なら仕方ない。『ノー・ディール』というだけの話だ」「上司に抵抗しても課員に怒ってはならない。これは忙しいときの鉄則だ」「およそどのような組織でも、その人間の器量は上から見ていただけでは分からない。誰しも上にはいい顔を見せるからだ。人間の実像は下の人に聞いて初めて分かる」の洞察は、自分のような末端の人間でも参考にできそうだ


余談ながら「中東の強烈な一神教に向き合った衝撃は大きかった。強い太陽光と真っ青な空の下に広がる荒々しい砂漠で区切られた環境には、生か死しかない。多神教の曖昧さや穏やかさは存在できない」は、体感しないと見えない世界なんだろうな、と感じた。ニュースでは読み解けない現実がそこにはある。なぜなら、人間は身体から切り離され得ない生き物だから。そこを忘れてはならないな。