世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

デイヴィッド・E・ホフマン「死神の報復(上下)」

今年69・70冊目読了。ワシントンポスト紙で、レーガンブッシュ政権担当、モスクワ支局長を務めたベテラン記者が、レーガンゴルバチョフの軍拡競争とその行方を描き出し、ピュリッツァー賞を受賞した本。


本当に、わずかな機微でたまたま現在がある、というNHK映像の世紀 バタフライエフェクト」を彷彿とさせる。


米ソ冷戦下において「アメリカはソ連の行動を予測できない。ソ連内部で何が起きているか、得られる情報があまりに少ないからだ。ソ連アメリカの行動を予測できない。情報があまりに多すぎるからだ」「合衆国とソ連邦はまるでパンチドランカーになったボクサーのように、憤怒と相互不信に我を忘れ、互いに荒っぽいパンチを交わした」というのは、確かに当時を幼少期にかじった人間ならなんとなくわかるだろうが、自分の子供世代からすると、『単なる歴史』だろうから、このような記録は大事だ。


ソ連は「アメリカは常にわれわれを騙してきたのだ。そのことを疑うものなど一人もいなかった。ただの一人もだ。なぜなら、われわれも常にそうしてきたからだ。だから、他人が同じように行動しないのなら、そいつはバカだというわけだ」「共産党支配は、相互扶助にもとづくカースト制度にすぎない」「ソ連の中央統制という計画手法は、実際現場では機能しない」「全体主義世界は、各種の偏見のせいで目が見えず、憎悪に毒され、ウソに惑わされている。全体主義世界は醜いが、美しいふりをしている」という、人間不信と統制で成り立っていたことがよくわかる。
そんな中で「軍拡競争の圧倒的負担のなか、わが国にいま必要なのは何かというゴルバチョフの確信と、核兵器を廃絶したいというレーガンの願望に起源をもつ諸々の力が相俟って、結果的にそれは、世界と歴史を転換させる大きなうねりをつくり出していく」というゴルバチョフの存在は大きい。


筆者も「ゴルバチョフは巧みに立ち回り、相手を言いくるめ、強力な兵力のもと塹壕戦を演じようとする軍産複合体と対峙し、過激なまでの方針転換に着手した」「ゴルバチョフは資本主義的な手法を実験的に導入したし、先駆的な個人企業家が『協同組合』的会社組織を設立するのを許しもした。しかし、そうした取り組みは、ソ連社会全体にモノ不足や混乱、生活困窮を蔓延させただけだった」「ゴルバチョフは自国を救おうとしたのであり、別に世界を変えようとしたわけではない。結局、かれはソ連という国を救えなかったが、その営為が結果的に、世界を救ってしまったのかもしれない」と、結果はともかく、彼がなしえた歴史的偉業をたたえる。
他方「『グラスノスチ』にかけた情熱と、核軍縮にかけた途方もない努力を改めて考えると、ゴルバチョフが危険な生物兵器計画の中止に向けもうひと働きしなかった理由がいまだ解せない」「生物兵器は安価であるがゆえに、いわゆる『貧者の核爆弾』になり得る」「冷戦時代の様々な兵器が、本来はそれを守らなければならない政府内部の幹部の手によって、全世界に拡散される時代がいまや到達したのである」
「敵対経験が長い、クレムリンホワイトハウスの指導者同士ならば、核兵器はそれなりに信頼できる抑止手段となりうるけれど、当事者の一方が、核を持ちつけていない素人で、しかも不安や苛立ちを感じている場合には、従来型の理論はそううまくは機能しない」という生物兵器の面での大きなダメージを与えた点には手厳しい。
一方、エリツィンについては「エリツィンは革命的な人間であり、かつまた大衆迎合的な人間だった。盛大な花火を打ち上げることが大好きだったが、国家統治にからむ厄介事はすべて他人まかせだった」と、全く評価していない。確かに、クーデターに乗じて権力を握ったイメージしかないな…


生物兵器という負の遺産を抱えた現代において「結局のところ、カギとなるのは、科学者たちと、人と人としてつきあい、かれらの体面や、役に立つ研究をしたいという想いを尊重し、信頼関係を築くことなのだ」という筆者の提言は、ウクライナ紛争を抱える2022年にも色褪せず響く言葉だ。


それにしても。日本人としては「ソ連軍は1945年、満州にあった日本軍生物戦部隊の司令部を制圧した。建物自体は撤退する日本軍によって破壊されていたが、捕虜と文書類の確保には成功した。スターリンは、日本の計画をもとに、スヴェルドロフスクに軍の研究施設を建設するよう命じた」「オサマ・ビンラディンは『地下鉄サリン事件』とそれが引き起こした混乱状態に感銘を受けたと伝えらえれている」という指摘に暗澹たる気持ちにならざるを得ない。歴史は繋がっている…