世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】逢坂冬馬「同志少女よ、敵を撃て」

今年107冊目読了。独ソ戦において、女性だけの狙撃小隊がたどる生と死を丁寧に描いた小説。


筆者は、この本でアガサ・クリスティー賞と本屋大賞を受賞したとのことだが、それも納得の圧倒的筆致。とても面白く、かつ独ソ戦の背景なども非常に詳しく知悉した上でのストーリー展開なので、戦史ものとしても楽しめるレベル。これは凄いな。


悲劇的な部分も多いので、ネタバレ回避で、気になったフレーズを。


ソ連がこの殲滅戦に挑まざるを得なかった状況について「ナチ・ドイツを打ち砕き、復讐を遂げる。それ以外に、自分が生きる意味はない」「復讐を遂げるという目標によって生きる理由が生じる。そして過酷な戦闘を戦う意義が生まれる。思えば無数のソ連人民の動機もまた、復讐にある。それが国家に基づくものであれ、家族に基づくものであれ、復讐を果たすという動機が、戦争という、莫大なエネルギーを必要とする事業を成し遂げ、それを遂行する巨大国家を支えているのだ」「おそらく、ソ連がドイツに攻め込んで反撃を喰らって今の戦況があった場合、こうはならなかったのだろう。防衛戦争として侵入者を撃破するという大義名分を胸に抱いているからこそ、膨大な抵抗は可能となった」と書いているあたりは、なるほどと思わされる。
他方「おびただしい人命を失いながら、防衛戦争として強大なドイツ軍を迎え撃ち、ついには人類の敵、ナチ・ドイツを粉砕したという事実は、ほとんど唯一といっていいほどにソ連国民が共有することのできる、輝かしく心地よい物語として強化されていった」は、今のプーチンの横暴にも繋がっているため、歴史の難しさを感じる。


軍隊というものの特性について「将校を失うことは、その頭脳が蓄積し展開した戦術理論と、装備運用のためのノウハウを失うことであり、軍隊にとっての組織的脳死をもたらす。火を見るよりも明らかな論理であったが、猜疑に駆られたスターリンは、それが義務であるかのように、ひたすら将校たちを抹殺し続けた」「恐怖と制裁によって成り立つ軍隊の土所は、敗色濃厚となるとその根源を失って脆弱化する」のあたりは納得。


戦略、作戦については「作戦というのはただ考え付けばいいというものではない。準備や動員が伴って初めて完成する」「戦争の本質が達人同士のチェスのように進行するのはほんの一部でね。あとは概ね、ひどいミスをした方が、よりひどいミスをした方に勝つものなのさ」「読み合いには終わりがない。浅い読みによって敗れることもあれば、深読みのしすぎが浅い読みに裏を掻かれ敗れることもある」のあたりが興味深い。


戦争が如何に非人間的か、については「自分が怪物に近づいていくという事実が確かにあった。しかし、怪物でなければこの戦いを生き延びることはできないのだ」「戦争を生き抜いた兵士たちは、自らの精神が強靭になったのではなく、戦場という歪んだ空間に最適化されたのだということに、より平和であるはずの日常へ回帰できない事実に直面することで気付いた」のあたりが胸を衝く。


そして、「どれほど普遍的と見える倫理も、結局は絶対者から与えられたものではなく、そのときにある種の『社会』を形成する人間が合意により作り上げたものだよ。だから絶対的にしてはならないことがあるわけじゃない。戦争はその現れだ」「失った命は元に戻ることはなく、代わりになる命もまた存在しない。学んだことがあるならば、ただこの率直な事実、それだけを学んだ」という虚しさが、戦争というものの真実なんだろう。


ウクライナ侵攻前に書かれた本であるが、「ウクライナがソヴィエト・ロシアにどんな扱いをされてきたか、知ってる?なんども飢饉に襲われたけど、食糧を奪われ続け、何百万人も死んだ。その結果ウクライナ民族主義が台頭すれば、今度はウクライナ語をロシア語に編入しようとする。ソ連にとってのウクライナってなに?掠奪すべき農地よ」は、胸に迫るものがある。


本当に読みごたえがあった。一読をお薦めしたい。