世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】メアリー・カルドー「新戦争論」

今年88冊目読了。ロンドン大学グローバルガバナンス研究センター教授の筆者が、グローバル時代の組織的暴力の本質を解き明かす一冊。


2001年、9.11前に執筆された本なのだが、2022年にもその洞察の鋭さは全く違和感のないものであり、筆者の慧眼に驚愕するとともに、自身がいかに表層で物事を判断していたかを痛感させられる…


クラウゼヴィッツ戦争論については「我々が戦争と認識する傾向にあるもの、即ち政策決定者や軍事指導者たちが戦争であると定義したりしているものは、実際には、一八世紀のヨーロッパで出現した特殊な現象に過ぎない」と、その前提からバッサリ叩き切る。


新しい戦争について「戦争、組織的犯罪、そして大規模暴力の間の区別が不明確化する」「多様な戦闘集団が存在する。正規軍またはそれらの残存勢力、準軍事組織、自警団、海外からの傭兵、国際社会の後援を受けた国外の軍隊」「思想ではなくレッテル、即ち集団的アイデンティティへの忠誠を通して政治的支配を確立するもの」「国家の自律性が侵食されること、そして極端なケースでは国家が解体してしまうという文脈の中で発生している」「社会を不安定化させることを目的とした対ゲリラ戦の技術を借用しており、それは『恐怖と憎悪』を生み出すことを目的としている。『新しい戦争』の目的は、異なるアイデンティティの人々や、異なる意見をもつ人々を排除することにより住民をコントロールすること」と、その定義を語る。
そして「フォーマルな政治経済の衰退とともに台頭してきた社会状況であるために、『新しい戦争』を終わらせるのは非常に難しい」というのは、確かに21世紀の紛争の終焉が曖昧な事実からも納得だ。


なぜ、このようなことになったのか。筆者は「グローバリゼーションとして知られている一連の過程が、近代という時代の特徴とされてきた政治の在り様を、まさに規定してきたような文化的かつ社会的・経済的な区分を切り崩しつつある」「グローバリゼーションとは、統合や包括と同時に、分断化や排他主義をも巻き込むプロセス」「『グローバル化された内戦』状況あるいは『内戦のグローバル化』こそ、9.11事件前後の新世界秩序模索期を特徴づけた国際社会における闘争の実相」と、グローバリゼーションに原因を求める。むしろ、交流が進んだ故にアイデンティティが脅かされたということが原因なのではないか、と個人的には感じるが。


では、これに対してどうすればよいのか。筆者は「暴力をコントロールする際にカギとなる点は、正統性の再構築。そのために、国際機関と地域のコスモポリタニズム擁護者たちが協力し合う必要がある」「必要なのは平和維持ではなくコスモポリタンできて規範の執行、つまり国際人権法と国際人道法の執行」というが、それは非常に難しいよな…
筆者の述べる「人々を守り、法を遵守させることにより、人道的介入は、コスモポリタン的な政治的反応を呼び起こす条件を作り出すことができる」「『新しい戦争』に対抗する唯一の対応とは、政治によるもの。鍵は、真の将来像を示し、極端なイデオロギーに対抗する代替案を作り上げられるような政治の在り様を中心として正統性を持った権威が再構築されること」は、ウクライナ侵攻が止められない2022年においては空虚に聞こえるのが非常に残念。


そして「民族を区別する上で人種的な差異が根拠とならないことは明らかであるが、重要な点は、『レッテル』が、先天的なもので、変更することのできないものとして扱われる傾向があるということ」という指摘は実に重い。


マーチン・ファン・クレフェルト「戦争の変遷」でも書かれていたが、あまりにもクラウゼヴィッツの価値観にとらわれていてはいけない、ということをまざまざと痛感する。勉強によるアップデートの必要性を実感できる一冊だ。