世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】ジャレド・ダイアモンド「危機と人類(上下)」

今年111・112冊目読了。カリフォルニア大学ロサンゼルス校地理学教授の筆者が、7つの近代国家の危機と、それに対する選択的変化を探求することで、危機に対応する要素を明らかにしていく本。


「文明崩壊」「銃・病原菌・鉄」などの良書を読んでいたので、本作も期待していたが、なるほどこれは面白い。


危機の帰結に関わる要因(個人→国家)の分析は非常に鋭い。これらの条件は複雑に絡み合っているので、その欠落・不可能さをしっかり見分ける必要もあろう。
1)危機に陥っていると認めること→自国が危機にあるという世論の合意
2)行動を起こすのは自分であるという責任の受容→行動を起こすことへの国家としての責任の受容
3)囲いをつくり、解決が必要な個人的問題を明確にすること→囲いをつくり、解決が必要な国家的問題を明確にすること
4)他の人々やグループからの、物心両面での支援→他の国々からの物質的支援と経済的支援
5)他の人々を問題解決の手本にすること→他の国々を問題解決の手本にすること
6)自我の強さ→ナショナル・アイデンティティ
7)公正な自己評価→公正な自国評価
8)過去の危機体験→国家的危機を経験した歴史
9)忍耐力→国家的失敗への対処
10)性格の柔軟性→状況に応じた国としての柔軟性
11)個人の基本的価値観→国家の基本的価値観
12)個人的な制約がないこと→地政学的制約がないこと


筆者は親日家であり、日本の明治維新を分析しながら日本への期待を語ってくれている。「時間稼ぎが、1854年以降の江戸幕府の基本戦略だった。これは、西洋列強を(できるだけ少ない譲歩で)満足させつつ、西洋の知識、設備、技術を手に入れ、軍事力と軍事力以外の国力を増強し、できるだけ早い時期に西洋列強に抵抗できる能力を身につけるためだ」「明治政府の指導者たちは基本的な大原則を三つ採用した。1)現実主義2)最終目標を、西洋諸国に強要された不平等条約の改正とする3)外国の手本をそのまま導入するのではなく、日本の状況と価値観にもっとも適合性の高いものを手本としつつ、日本向けに調整する」とした結果「日本は、古い自己と新しい自己が混在するモザイク」になった、とみる。他方「勝算が絶望的にないにもかかわらず日本が第二次世界大戦をはじめた理由の一部(あくまで一部)は、1930年代の若い軍幹部に現実的かつ慎重で公正な自国評価をおこなうのに必要な知識と経験が欠けていたことだ。そしてそれが日本に破滅的な結末をもたらした」と断じる。


現代の日本についての言及も、鋭い。「日本の強みは、経済、人的資本、文化、環境」「日本経済が世界で高位にランクインするのは、優れたインフラと世界最高の鉄道を含む交通網、そして教育の行き届いた、とりわけ数学と科学に優れた労働力」としつつ「深刻な問題は、多額の国債、女性の役割、少子化、人口減少、高齢化」を挙げる。国債以外、移民で解決することが多いが「民族的同質性の高い日本が自国の民族的同質性を高く評価するあまり、他国が移民によって解決してきたことが広く知られるいくつもの問題に苦しみながら、移民に頼らずそれを解決する方法を見つけられずにいる」と指摘する。
しかし、それだけではなく「日本が戦時中に中国と韓国に与えた影響」「日本の謝罪には真実味がなく、日本の責任を最小化、あるいは否定する言葉が混ざられている」と指摘。「第二次世界大戦後、つらくともドイツが過去と対峙したことは、現在のドイツに良い結果をもたらした」と、その違いを明らかにする。筆者が親日家を自認する中で、この指摘は重い。
日本の強みを相殺するのは、結局「環境の変化によって今の時代には合わなくなった伝統的価値観、戦時中の行動の責任否定・自己憐憫、公正で現実的な自己認識の欠如」だとする。例えば人口減少について「人口が減れば、日本は困窮するのではなく非常に裕福になるだろうと私は思う。なぜなら、必要とされる国内外の資源が減るからだ。資源の逼迫は近代日本史における呪縛のひとつであったし、今もそうだ」は、かなり驚きの記述。とどのつまり、「必要なのは、困難を克服して解決策へのコンセンサスをとり、今日の思考停止状態を脱すること」しかない、んだよな…


世界全体の危機について「核兵器の使用、世界的な気候変動、世界的な資源枯渇、世界的な生活水準における格差の拡大」、二酸化炭素排出の影響にの複雑さについて「地表と大気下層を温めてしまうこと、極端な気候の増加、気候変動の原因と結果のあいだの大きなタイムラグ」を挙げる。


社会の一般則についても、さすがの洞察。「小国には外交問題の解決にさまざまな感情-好きとか嫌いとか-を混ぜ込む要素はつゆほどもない。現実的な外交政策は、国益と国家間の力関係という国際政治の必須要素に対する認識に基づいて決定されるべき」「南米の軍事政権といえば、経済をみずから統制して自分たちに利益を誘導するものだ。政府の統制が利かない自由市場は好まない」「まともな人間がまともなことをしようとしても成功するとは限らず、悪人が成功をつかむこともある」「民主主義が機能するための基本条件は、高い識字率、政府の政策に反対する権利の認識、異なる考え方の許容、選挙における敗北の許容、政治権力を持たない人に対する政府の保護」「長時間テレビを視聴する人はそうでない人よりも他人を信用しなくなり、自発的な組織に参加しなくなる」「大国に脅かされている小国はつねに気を配り、別の選択肢を考慮し、選択肢を現実的に見極めるべき」は、いずれも非常に鋭い。


「危機に直面した個人と国家にとって難しいのは、機能良好で変えなくてよい部分と、機能不全で変えなければならない部分との分別だ。そのためには、自身の能力と価値観を公正に評価する必要がある」というが、その認識こそが難しい…「公正な自己評価を成功させるためには、1)苦しく辛い真実でも、厭わずに直視する意思2)危機の認識」「『あたりまえ』に必要なことがあまりにもしばしば無視され、今日でもいまだに無視されていることは否定しようがない」「過去にうまくいった変化、うまくいかなかった変化を知っておくことは、私たちの導き手になる」という主張はよく理解できる。


とにかく、読み応えのある本。これは、すべての人が一読すべき、と感じる。さすがダイアモンド博士。最後に、心に残った言葉を。
「新しい対処法をいきなり最初から思いつく確率は低い。さまざまな試行錯誤を経て、危機を解決できて、かつ自分の性格に合うものが最終的に見つけられるのだ」「承認欲求という虚栄心にそそのかされずに、人生で本当に追究したいことを明確にするべきだ(ヘンリー・デイヴィッド・ソロー)」