世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】東浩紀「弱いつながり」

今年88冊目読了。批評家、哲学者である筆者が、インターネット時代に検索ワードを探す旅をすることを推奨する一冊。


非常に読みやすいながらも、中身は重厚で、とても面白く読むことができた。旅行業に携わる者として、これは興味深い


ネットの特性について「ひとが所属するコミュニティのなかの人間関係をより深め、固定し、そこから逃げ出せなくするメディアがネット」「ネットでは自分が見たいと思っているものしか見ることができない」と切り込むあたりはさすがと思う。


人間がどう自分を広げるか、について「検索ワードは、連想から生じてくる。脳の回路は変わらない。けれどもインプットが変われば、同じ回路でもアウトプットが変わる。連想のネットワークを広げるには、いろいろ考えるより、連想が起こる環境そのものを変えてしまうほうが早い」「自分を変えるためには、環境を変えるしかない。人間は環境に抵抗することはできない。環境を改変することもできない。だとすれば環境を変える=移動するしかない」と提言。
さらに「ぼくたちは、検索を駆使することで無限の情報から無限の物語を引き出すことができる時代に生きている。だからこそ、ひとりひとりが、物語と現実の関係について自覚的でなければならない。情報だけの世界に生きていると、乱立する物語のなかで現実を見失ってしまう。新しいモノに出会い、新しい検索ワードを手に入れることで、言葉の環境をたえず更新しなければいけない」と、問題提起をする洞察は納得できる。


しかしながら「多くのひとは『自分が求めること』と『環境から自分が求められると予測されること』が一致するときこそ、もっともストレスなく、平和に生きることができる」。つまり「人生と充実のためには、強い絆と弱い絆の双方が必要」である、とする。「ではぼくたちはどこで弱い絆を、偶然の出会いを見つけるべきか。それこそがリアル。身体の移動であり、旅」と、旅の必要性をそこから説くのか!と、かなり驚きだ。「身体がどういう環境にあるかで、検索する言葉は変わる。欲望の状態で検索する言葉は変わり、見えてくる世界が変わる。裏返して言えば、いくら情報が溢れていても、適切な欲望がないとどうしようもない」も、至言だ。


検索というネット時代の武器については「検索はそもそも、情報を探す側が適切な検索ワードを入力しなくては機能しない」「いまは、特殊な経験や知識よりも、顧客の要望に応じていかに適切に検索するか、その能力こそがビジネスにおいて重要になっている」と、その特性を指摘。


さらに、言葉については「言葉にできないものを言葉にすること。そのために大事なのは、まずは言葉にできないものを体験すること。つまり『現地に行くこと』」「どうのこうの言いながら、ぼくたちはネットと言葉に依存しなければ生きていけない。重要なのは、言葉を捨てることではなく、むしろ言葉にならないものを言葉にしようと努力すること」「検索ワードを探す旅とは、言葉にならないものを言葉にし、検索結果を豊かにする旅のこと」と、その思考の作り出す限界をどう超えるかを提言。
さらに「身体を一定時間非日常のなかに『拘束』すること。そして新しい欲望が芽生えるのをゆっくりと待つこと。これこそが旅の目的であり、別に目的地にある『情報』はなんでもいい」「情報はいくらでも複製できるけど、時間は複製できない。欲望も複製できない。情報が無限にストック可能で、世界中どこからでもアクセスできるようになった今、複製可能なものは旅しかない」と考えるあたりはさすがだなあと感嘆する。


観光客の心得として「①無責任を恐れない。②偶然に身を委ねる。③成功とか失敗とか考えない。④ネットには接続しておく。⑤しかし無視する(ネットには接続すべきだが、日本の人間関係は切断すべき)。」のあたりは参考にしたい。


人生について「一回限りの『この人生』については、統計はなにも教えてくれない。標準とは統計の操作によって現れるものでしかなく、本当はそのとおりの人生を生きている人などひとりもいない。計算していても、そんなプランはちょっとの偶然ですぐ吹き飛んでしまう」と述べるところも、50年近く生きていると強い共感しかない。


実物の威力について「どんなに客観的な情報を並べても、だれも見てくれないのであれば意味がない。情報の提示だけでなく感情の操作も必要だと、というのがチェルノブイリ博物館の思想」「文書や写真や証言が残っていても、それはいくらでも、現在の世界観に都合のいいように再解釈できてしまう。人間にはそういう力がある。けれども解釈の力はモノには及ばない。歴史を残すには、そういうモノを残すのがいちばん」と言及するのも、やはり『現地・現物・現人』のパワーは普遍的ということなんだろうな。


筆者が最後に述べる「友人に囚われるな。人間関係を(必要以上に)大切にするな。ソーシャルネット時代にひとが自由であるためには、これは大切な心得」は、ちょっと意外。でも、意外とそんなものかもしれない。


とにかく分析・洞察がそこここで深く、大きめの活字のわりには非常に考えさせられた。学びと気づきの深い一冊。