世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】小林英夫「日中戦争」

今年187冊目読了。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科名誉教授の筆者が、日中戦争を日本と中国がそれぞれ全く異なる戦略で臨んだことを解き明かす一冊。


日本の軍部が強かな中国側に泥沼戦争に引きずり込まれた、というステレオタイプではなく、もう少し掘り下げて洞察した点が優れていると感じる。


まず、日中の発想の違いとして「一般に戦争とは、短期的な決戦を目指す殲滅戦略による戦争と、長期的な持久戦をめざす消耗戦略による戦争の二類型に分類される。そして日中戦争とは、日本の殲滅戦略と、中国の消耗戦略との激突であったとみる」「殲滅戦略を支える原動力は、その国の軍事力な産業力などの、いわばハードパワーである。一方で、消耗戦の場合は、政治力や外交力、さらには国家の文化的な魅力をも含むソフトパワーによる戦いになる」と鋭く洞察。
その結果「日中戦争とは、ハードパワーに絶対の自信を持ちながらソフトパワーを減退させつづけた日本を、ハードパワーでは大きく後れをとりながらも豊かなソフトパワーを生かす戦略をもちいた中国が打ち破った戦い」と断じる。


中国側のしたたかさの根本を「日中戦争の内実は、日本が殲滅戦略戦争を意図したにもかかわらず、国民政府主席・蒋介石の巧みな消耗戦略によってそれが頓挫し、不本意ながら長期の消耗戦略戦争に引きずり込まれていった」「蒋介石の日本への対応策は①持久消耗戦②防衛を中心とする。敵が来たら殲滅する③後退せずに陣地を固守する④十分に民力と物力を利用する⑤工事や人員を隠蔽し、戦車壕や防毒方法などを活用する。抗戦の決意と勝利の確信の理由は①抵抗を通じて敵の兵力を内地へ吸引し消耗する戦略をおこなう②日本は国際的に多くの敵を作っており、持久できる条件が少ない③中国は国土が広く奥行きが深く、民衆の抗戦意識は強い。とくに内陸の抗戦意識は強い。これらを基盤に政府、党と三民主義が続くかぎり、抗戦を続けていくことが可能」と分析しているあたりも非常に納得性が強い。


さらに、外向を含めた戦争の大原則として「国際戦の成功のためには自国の基準だけで事を運んではならず、他国との文化の相違を認め、それを尊重しつつ柔軟な発想で相手と交渉する必要がある。そして決定的なポイントとなるのが、どの線で妥協するかを見極める総合的な判断力である」「野蛮あるいは卑劣な行為をおこなうことは、短期の殲滅戦においてはさほど勝敗に影響を及ぼすことはないかもしれないが、長期の消耗戦になった場合は、確実に自殺行為になる」「国際的な宣伝が実効を収めるための第一の原則は、絶対に嘘をついて人をだますことをしないこと、そして事実を誇張したり粉飾したりしないことである。事実を正直に言い、真実と誠意で人を感動させるべきである。そうでなければ、他の人が心から承服してわれわれを援助することは考えられない」は、当時の狭量な日本軍に教えてやりたいような言葉だが、いかんせん、今の日本も同様なもののようにも感じる…


コロナとの戦いに苦しむ2021年の日本においては「戦争に勝利するためには、敵の長所を殺し、味方の長所を生かさなくてはならない。そうしたことまでも見越したうえで、蒋介石は日本軍を消耗戦に引きずりこむ戦略を打ち立てた」「したたかな中国を『大人の国』とするなら、近視眼的な目的にひたすら集中することを何より得意とする日本は『子供の国』」のあたりが非常に耳の痛い話しであるが、今なお日本が引きずる宿痾でもある。


近現代史に詳しくなくても、押さえておきたい一冊だ。