世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】松家仁之「火山のふもとで」

今年186冊目読了。 ベストセラー作家の文壇デビューとなる長編小説。


学生の頃の友人が薦めてくれたので読んだが、「ホントにこれ、処女作?」というくらい重厚なプロット、微細な筆致。これは文壇が大騒ぎになったんだろうな。


建築、自然、音楽、食事の描写が、思わず目の前に浮かぶほどの表現力に感服。本当に小説の面白さを堪能できた。


ネタバレ回避で、心に残るフレーズを書き抜く。


建築と言葉については「うまくいった家はね、こちらが説明するときに使った言葉をクライアントが覚えてくれていて、訪ねてきたお客さんに、その言葉で自分の家を説明するようになる。われわれ建築家の言葉がいつしかそこに暮らす人達の言葉になっている。そうすれば成功なんだよ」「理詰めで説明すると、『あなたは無知だ』と指摘するのと同じことになり、クライアントは傷つき、怒り出す。やはり第一にすべきは聞くことなのだ。自分から矛盾に気づいてもらえるよう、上手に外堀を埋めていくには辛抱がいる」。


建築の現実についての「その建物にどのような目的があり、どのように利用されるかが、設計のすべてを決める。しかし作品性が先だって、使い勝手が犠牲になる建築は驚くほど多い」「一点の曇りもない、完璧な建築なんて存在しない。そんなものは、誰にもできないんだよ。いつまでもこねくりまわして相手を待たせておくほどのものが自分にあるのか。そう問いながら、設計すべきなんだ」は、考えさせられる。


人間とウチ・ソトの区別「外に残してきたものは死者であり、夜の闇に生きるなにものかであり、雨や風、雷、月、星、つまり自然だ。人間のなかに内と外という概念が生まれるのはー自意識のようなものが生まれ、内面が育ってゆくようになったのはー自分たちの手で家をつくるようになったことが大きかったんじゃないか」「家のなかだけで暮らし続けることができるほど、人間の内面は頑丈じゃない。こころを左右するものを自分の内側にではなく、外側に見いだしたい、預けたいと思うときがあるのは、そういうことなんじゃないかね」は、とても鋭いなぁと感じる。


世の中の理不尽に対する「彼は、シャッターを下ろしてしまうんだね。そうやって自分を無感覚にしておいて、理不尽や強引なものを黙って受け入れようとするところがある。自分を傷つけずに、うまくやり過ごすための防衛策かもしれない。しかしね、それではかえって傷を負う結果になるんだよ」「ほんとうに身を張って理不尽を言ってくる人間は、数えるほどしかいないものだ。たいした定見があるわけでもなく、誰かがそう言っていたから、人からこう思われるから、世の中がそうなっているから、それぐらいのことでものを言う人間がほとんどだよ。そういうものは、こちらに覚悟さえあれば押し返すことができる」というのは、自分も心得ておきたい。


生きる知恵としての「人はね、ただ椅子に座っているときでさえ肩に力が入ってるの。でも息を吐きながらからだをゆるめると、肩から力が抜けていく。呼吸を楽にすれば肩もこらないよ」「料理に手間をかける余裕がないときは、焼くか蒸すかがいちばんなんだよ」も、なるほど。


人間関係の「男同士の友人というのは、そう単純には割りきれない、かたちの定まりにくい関係なのではないか」「厚かましい花は徒党を組む。孤独に弱い。人も同じでしょ。主張が強くて声の大きい人がはびこるの。静かな人は負けてしまうのよ」も、そうだなぁと思う。


日本人についての「欧米人と日本人の思考の強度の差は、主食のちがいからきているというのが内田さんの持論だった。日本人が徹底して物事を考えないのはやわらかい米食のせいであり、とくに夜のごはんはあたまをぼんやりさせるのだという」「日本人は冷徹であることに不慣れな国民で、そのせいでかえって深手を負ってしまった。もっと早く切り上げることができた戦争を、あれほどの本土空襲にあってもなおつづけたのは、冷徹さを遠ざけたための失敗です」は、独自の見解ながら、なるほどなぁと感じる。


一番響いたのは、「本を読んでいるあいだは、ふだん属する社会や家族から離れて、本の世界に迎えられる。だから本を読むのは、孤独であって孤独でないんだ」。やはり、本は面白い。