世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】東郷和彦「歴史と外交」

今年97冊目読了。日米開戦阻止、そして太平洋戦争終結に尽力した東郷外相の孫にして、自らも外務官僚となった筆者が、自らの視点で靖国・アジア・東京裁判などを考察する一冊。


「外交における最大の妙策は、相手国とのあいだで問題が起きそうになったときに、それを未然に処理し、あたかも何事もなかったかのように、解決しておくこと」


「敗戦という民族的ショックによって引き起こされた矛盾は、戦後日本の漂流につながった。ひとつは、世論を風靡した過度の平和主義・受け身の平等主義・無責任平和主義と、より現実主義的な責任ある安保・防衛体制を求める政策とのあいだに発生した。もうひとつは、過度の自己否定・自虐史観と、民族としての名誉の最低限の保持とのあいだに発生した」


筆者は、靖国問題について「靖国問題は、日本人にとって戦争がなんだったのかという根本問題を提起している。日本は、いまだに第二次世界大戦の敗戦によって打ち砕かれたアイデンティティの再構築という複雑な過程のなかにいる。靖国問題は、そのなかで、もっとも複雑にねじれた未解決の課題である」「私は、遅れてきた世代がなすべきことは、彼らを忘れないこと、そして、命を捧げてくれたことに感謝の気持ちをもち、それを、いちばん適切な場所で表現することだと思う」と述べる。
そして、元外交官らしく「日本政府は、サンフランシスコ条約第十一条で、戦犯裁判のジャッジメントを受け入れた。戦後日本が国際社会に復帰していくにあたって、国際条約による解決にしたがうということは、至上の意味をもってきた」としつつ「A級戦犯として処刑されたかたがたは、国家全体によってなされた行為をみずからの命にかえて責任をとった人達ということになり、国家として当然弔うべき人達」「戦没者の慰霊という国家の大本にかかわることについてである。国のために命を捧げた人がいったい誰であるかという事は、本来、国が、堂々と判断すべきこと」と述べるのは、筆者の祖父がA級戦犯であるということを差し引いても、妥当だと思う。


慰安婦問題については、その特殊性について「①90年代前半の日韓交渉から浮上してきた問題②一連の国際条約により戦争に起因する諸問題を解決してきた過程が終わったのちに、日本政府が事実認識を改め、被害者に対して償い金を払うこととした唯一の案件③現在の状況は、個別案件のなかで、この問題に対する国際的な批判のひろがりは、もっとも広範なものになっている④日本国内のものの見方が大きく分裂しているが、他の問題に比べると日本なりに中道をとった立場が形成されている」と指摘。「日本の報道や雑誌記事のなかに、慰安婦問題が、アメリカで大きな問題になっているのは、在米の中国や韓国のロビー活動が原因であるという指摘が目立つ。貴重な情報だと思う。しかし、そうであればこそ、その活動に乗せられないような、アメリカ全体を動かす効果的なメッセージを出さねばならない」は、2021年においても全く変化していない…


韓国の反日感情については「日本帝国が朝鮮に強いた日本化政策は、朝鮮の人たちのアイデンティティに筆舌に尽くしがたい苦しみをあたえた。しかし、もっと大きな苦しみがあるとすれば、それは、当時の朝鮮人の少なくとも一部の人たちが、日本人として、立派に戦ったことにあるのではないか」「竹島問題が激しい感情をもって語られるのは、この問題が、韓国併合の象徴として理解されているから、の一点につきると思う」と指摘。
韓国と台湾の対日感情の違いについては「朝鮮においては、日本を上回る歴史・文化と国際的な地位をもつと自負する一方で、一時は範をとって、近代化を実現せんとした、その日本に裏切られたという民族の誇りの蹂躙の気持ちがあった。台湾には、少なくともそれに比べるほどに、踏みにじられた誇りの苦渋はなかった」「植民統治時代の全否定に現在の建国のすべてをかける韓国と、植民統治時代の日本的なものい今後の建国の精神を探求する台湾本省人との間に大きな差異が生まれるのは、けだし、当然のこと」と見抜く。


アメリカの原爆投下については「3つのねじれがある。①日米同盟を第一に考える右派の研究者に、アメリカにとってセンシティブな原爆投下の問題について、研究を深めるインセンティブが湧かなかった。他方、左派の研究者は日本帝国主義への批判が先行したこと、米国史料を駆使した実証的な研究を不得手とした②戦後の冷戦が米ソの核均衡によって維持され、我が国が、自国の安全保障を米国の核の傘の下に置いた結果、日本政府にとって、米国の核兵器は正面切って反対しにくい状況が生じた③核すべてが悪いことで、日本はそれには手を出さないという、核廃絶の主張に結晶した」という状況であり「●歴史認識の問題は、語らない●目前の政策としては、日米安保のもとでの米国の核と世界の核均衡を支持●長期目標としては核廃絶を主唱」として破綻しないように過ごした、と指摘。


東京裁判については「戦争にいたった経緯を歴史に向かって証言する戦いだった。検事側が、勝者の立場から展開する『日本の行動は侵略戦争の遂行であり、その任にあった人間個人の刑事責任を追及しうる』という論理を、完膚なきまでに反駁せねばらななかった。そのもっとも有効な議論が、戦争の回避のために全力をつくしながら、ハル・ノートをうけとり、もはや、開戦やむなしと断じて立ち上がった経緯そのものであり、太平洋戦争は自衛のために立ち上がらざるをえなかった戦争だったという歴史認識だった」「国体の護持を条件として戦争を終結した人たちの一致した気持ちが、東京裁判で絶対に天皇に累を及ぼさないという点に結集していたこと、このことのもつ重みを理解せずに、東京裁判を理解することは出来ない」と述べる。


相手国との相互理解については「相手国、世界の心理が把握できていないがゆえに、みずから正しいと信ずる真理をそのままのかたちでぶつける。結果として、玉砕に近い事態が起きる。情報戦に置いて決定的に敗北しているからとしか、言いようがない」と鋭く指摘。ではどうするか。「お互いの違いを前提として、相手の立場に立ったら歴史はどう見えるかということを学ぶ」「歴史問題の超克は簡単なことではない。しかし、おそらくは、無数の個別的、具体的な接触と交流が進むなかから、両国間の根本的な信頼の絆が育っていくのだろう」と提言する。


筆者の幅広い知見による意見は、とても読み応えがある。「先の大戦に関わる歴史認識の問題は、日本がいずれかの時点で克服すべき課題である。しかし、そのためには、戦略と情報が必要である。戦略とは、いちばん重要なのはなにかを識別、選択肢、他の重要なものとのあいだに優先順位をつけて、一つひとつ時間差をつけて解決していくこと。情報とは、相手の側がなにを考えているかを知悉すること」「異なった意見を持つ相手を尊敬しながら議論を展開する力を身につけ、人格的相互攻撃で空費されるエネルギーを抑制すること、そして、民族のエネルギーを、日本社会の力と日本人の創造性を開花させる積極的な方向に向けること-意思と、指導力があれば、それは実現できるはずである」との言葉は重い。まさにタイトルどおりであり、非常に勉強になった。