今年147・148冊目読了。ベストセラー作家が生み出した、冒険ディストピア小説。
最初のうちは、荒廃した世の中の設定を追うのが大変で、その気だるさに読むのをやめようと思うほどだったが、読み進めるうちに、「理想的社会とは何か?」など、根源的な問いが立ち上がってきて、どんどん面白くなる、という不思議な本。
言語についての言及が「言語は書かれることではじめて普遍性を得る。音で発語すると言葉は意味と意図が拡散して厳密性と求心力を失う」「話し言葉はすぐに他人に影響されてしまう。その他人が自分の生死を左右できるような力を持っている場合はなおさらだ」「外国語を話す人は外国人と対するときには単語や文法をいちいち思い出すのではなく別の場所に光を当てるようにスイッチを切り換える」「おもに言語による社会化の過程で、わたしたち人間は性的想像および行為を制御する必要に迫られ、精神の発達に応じた禁忌のスケジュールを作成して宗教や道徳などを利用し、個体に性的想像や行為の倒錯を禁じるという装置を考案したが、社会の成熟が飽和に達した時に、そのシステムそのものに制度疲労が生まれることを知らなかった」など、なかなか興味深い。
感情についての「乳児や幼児は親の笑顔を見て笑顔を作ることを学習する。数世代に亘って笑顔がない人間は笑顔を作る頬の筋肉が退化する」「想像が不安や恐怖を生む。確実に訪れる死は面倒で気怠いものだ」「神経に火をつけるのは視線と言葉だ」「怨みや妬みというのは人間が持つ最悪の感情で心身に悪い影響を与える」も、なるほどなぁと思う。
そして、「死は恐いものじゃない。恐いのは、死や苦しみを想像することだ」「喪失感は人に対して生じるわけではない。何かが決定的に終わるときに生じるものなのだ」という死への言及も、納得。
人間の特性として「信頼関係よりも、特権意識を持たせるほうがコントロールしやすい」「非常に重要な人間の特性の一つに、集団への帰属意識と、他者のために何ごとかをなしたいという本能的な思いが挙げられる」「精神的にひどく疲れたり参ったりしているとき、誰もが社会的に正常と位置付けられている自分を維持するのが苦痛になる」「比喩をつぶやけば表面をなぞるだけで現実に接触しないですむ。比喩は逃避だ」なんて、考えたこともなかったなぁ…
世の中についても「危機的状況には必ず予兆がある。予兆は必ず微細な変化として現れる。どんなに小さなことでも、それまでと違うことが起こったら、それは危険を知らせる信号なのだ」「取り戻せない時間と、永遠には共存し合えない他者という、支配も制御もできないものがこの世にある」と鋭く斬り込み、納得させられる。
コロナ禍の2021年においては「生きる上で意味を持つのは、他人との出会いだけだ。そして、移動しなければ出会いはない。移動が、すべてを生み出すのだ」ということが封じられており、人間の根源に移動欲求がある、ということがよくわかる。
疲れるが、面白い本だった。