世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】山崎雅弘「アイヒマンと日本人」

今年91冊目読了。戦史・紛争史研究家の筆者が、「まじめ」を隠れ蓑にした思考停止に警鐘を鳴らす一冊。


新聞で紹介されていて読んでみた。こじつけ感は否めないものの、ジャニーズ事務所問題などが発覚した2023年においては、むしろ真に迫る感じがする。


ナチスに入ったアイヒマンは「オーストリアユダヤ人を効率的に国外へと追放しているだけでなく、彼らの所有する財産も『効率的に』召し上げてドイツ国庫に納めていた」りして、その後、「犠牲者の多くは、総督府領内のゲットーに押し込められていたユダヤ人だったが、膨大な数のユダヤ人大量輸送に必要な鉄道列車の運行を手配したのが、アイヒマンだった」。
本当にナチスとはとんでもない組織だと思うのは「ユダヤ人の射殺という任務に従事した『行動部隊』の隊員の多くは、志願ではなく命令で配属された人員で、敵対的な行動をとっているわけでもない一般市民を日常的に殺すという作業は、彼らの誠信に大きな心的外傷を負わせていた。そのような報告を受けた各部隊の指揮官は、彼らの精神的ストレスを軽減するには、直接的な射殺とは異なる、システム化された手段が必要だとの結論に至った」というところだが、日本でも戦後にジャニーズ事務所によってとんでもない人権侵害がされていたので、対岸の火事ではない…


戦後、犯罪者として追われるようになった「アイヒマン接触した秘密組織は、ナチ党の政治思想(無神論共産主義に対する敵対姿勢)に共感する一部のキリスト教カトリック)教会関係者や赤十字職員による協力と支援を受けながら、ドイツから南米アルゼンチンへと元親衛隊員らを逃亡させる、いわば『トンネル』のような密出国ルートを、水面下で確立しつつあった」。これは「中南米諸国では、1898年の米西戦争後にアメリカが中南米諸国に対して行った数々の軍事介入が原因で、北米の大国アメリカの横暴への不信感と反発が根強く存在し、その反動で20世紀初頭にはヨーロッパのドイツとの関係を強める国々が増えていた」事が背景にあり「アイヒマンがヨーロッパから脱出してアルゼンチンへの逃亡に成功した背景には、当時のドイツとオーストリアが直面した政治的混乱という理由も存在していた」という指摘はかなり驚きだ。


そもそも、なぜアイヒマンはこんな非人道的なことができたのか。「アイヒマンがハイドリヒやヒムラーの命令に服従して、その行き着く先が地獄だと承知していながら、子どもを含むユダヤ人を列車に乗せて絶滅収容所へと送り続ける職務を遂行したのは、『彼自身の組織内における保身と出世欲』が主な動機だったと考えるのが妥当」の指摘はそうだろうな。


そして、筆者はこの状況から「所属する組織が非人道的な方向へ動き出した時、価値判断の基準を内面に持つ個人は、このようなことはおかしい、あるいは許されないと考えて、それを止める、または減速させる方策を探し、必要であれば個人として『異議申し立て』や『抗議』の声を上げることを厭わない姿勢を持ち続けなければならない。己の『卑怯さ』を表面的な『まじめさ』でカモフラージュする『アイヒマン的思考』に自分を乗っ取られることを防ぐ方法は、そこにしか見当たらない」と警鐘を鳴らす。
日本人においても「『上司によってきめられたとあらば、諾々としてこれにしたがう役人根性』は、現代の日本社会においても決して珍しい特質ではない」「アイヒマンの行動原理が『実直な命令遂行』で、その同期が『保身と出世欲』であるならば、現代の日本社会において、アイヒマンを『自分とは遠い存在』ではなく『親近感すら覚える身近な存在』と感じる人が大勢いても不思議ではない」と、警告する。
最後の筆者の問いかけ「あなたは、心の中に『超えてはならない倫理上の一線』を持ち、それを踏み越えることを上位者に命じられたとき、はっきり『できません』と言えるだろうか。自分の子どもの将来を思って、現実社会とうまく折り合うための『処世術』を教えているつもりで、じつは『小賢しくて無責任な小アイヒマン』を育ててはいないだろうか」は重い。自戒しないといかんなぁ…


余談ながら「ホロコーストは、元々は古代ユダヤ教の儀式における生け贄を指すギリシャ語≪ホロカウストス≫」とは全く知らなかった…