世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】アレックス・カー「ニッポン景観論」

今年92冊目読了。アメリカ出身の東洋文化研究家、著述家の筆者が、日本の景観保全について大きく警鐘を鳴らす一冊。


日本に住んでいると当たり前と思うことが、この本での指摘を読むとそうではないんだな、ということを痛感。確かに海外の観光地との違いは歴然としていると感じる…しかも、その酷い景観の写真に皮肉なコメントが心を抉る


まずもって指摘する「景観というものは町並み単位で考えるもの。京都なら銀閣寺や金閣寺だけでなく、旧市街そのものが文化遺産。なのに、京都でも町並み単位で文化遺産を保存しようという気運は、最近までほとんどなかった」は、確かに世界遺産においてもゾーニングという考え方があるのに、どうにも日本はそうなっていない…


ニッポン流テクノロジーの誤った神話として「①電線を埋設する工事費が高いため、特殊な地域以外は財政的に無理②日本は地震国なので、電線は埋設できない③看板が多ければ多いほど、経済効果が上がる④看板で細かく指導しないと、お客さんは戸惑ってしまう」を挙げる。
確かに、看板についての「中国の毛沢東ソ連スターリン時代の共産党を見ても分かるように、スローガンや呼びかけに囲まれても、人間は本能的にそれを無視する。こうした看板は空回りに過ぎず、何の効果もない」「注意の看板は逆の効果を喚起してしまう。相手を子供扱いすると、人間はそれに応じて子供になってしまう。それよりも『場所の品格』が持つ効用に目を向けるべき」の指摘は同感だ。
外国人である筆者だからこそ「『日本は独自の…』と始まる話は大抵、『従来のやり方は変えられない』という結論で終わる。その途中に述べられている理由も、大抵はこじつけ」ということが述べられるんだろうな…


日本の公共事業にも問題を提起する。「日本の公共事業へ大きく作ることしかメニューにないので、極めて単純な構想、一種の『空』の中で企画が進み、面白くおかしなデザインに走る。土木が進んだ挙句、お遊びたっぷりの前衛芸術という分野に発展してしまう」「建築家の作品が、『その場所にふさわしいか』『用途・目的に適しているか』という基本的な検証がなされずに、予算ありきの中で建てられていく」は確かにそのとおり。
他方、筆者は現実論として「良し悪しは別として、日本の経済が建設業に依存してしまっている現状がある以上、急に補助金つきの公共事業をやめれば、致命的ともいえる社会混乱に陥る。なので、社会が本当に必要とするものにお金を投じ、『中身』を変えることが重要」と述べるあたりはさすが。逆に「日本は戦後70年で、見事なまでに国土を汚してしまった。今後は、取り壊し・撤去、管理といった『大掃除』の時代」と、モードを変えるべき、という提言はさすがだ。


なぜ、こんなことになってしまったのか。筆者は「『工業モード』の製品は、人工的なプロセスによって生産されたものなので、自然が持つ『ラフな感じ』とは相容れない。なので、自然をすべて排除した無機質な環境こそが『工業モード』にとっては『きれいなものである』という認識」と触れるだけではなく、その根底に切り込む。
筆者の主張「明治の文明開花で、自国の様式は軽薄で、海外から来たものは『現代的』という概念が生まれた。それ以降、現代にいたるまで、国民の深層心理には『日本のものは時代遅れ、西洋のものは文明的』という思いが横たわっている」「第二次大戦の終わりまでは、ある程度は日本文化に対するプライドは守られていた。しかし敗戦により、人々は日本の優秀さを信じることができなくなり、『新しさ』を一目散に追求するようになった」は、なるほどなぁと共感できる。


問題の所在として「古い町の景観とは、規制で救われるものではない。住民たちがその町を嫌いだと思えば、町並みは壊れていく」「『歴史の否定』『古さに対する憎悪』『不適切なゾーニング』というものを根底に作られた、ゴミゴミした都会を国際的な目で見ると、新しいどころか、単なる時代遅れ」の指摘も納得できる。
では、どうすべきか。筆者の「日本人は自国の文化、歴史、住まいと自然に対してプライドが低い。しかし、京都と江戸には、西洋に見られない整然とした町並みがあった」「日本は長年必死に『文明』と『発展』を求めて、山と川をコンクリートで固め、古い町を恥だと思って壊し、交通のない『ループ橋』や、お客の訪れない『ふれあいの館』をたくさん作ってきた。しかし日本は『光る珠』として、美しい自然と文化的なたたずまいを、初めから掌の中に持っていた。それを再認識することが、これからの課題」は、観光に携わる者としては心に留めておきたい。


余談ながら、「日本の地方の競争相手は、国内の観光地ではなく世界」は心に響く。もはや狭いマーケットを奪い合うという発想ではないだろうな…