世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】レベッカ・コスタ「文明はなぜ崩壊するのか」

今年58冊目読了。シリコンバレーマーケティング会社のCEOを務めた社会生物学者の筆者が、「なぜ文明はらせんを描いて崩壊していくのか」という命題に挑んだ一冊。


文明崩壊の原因について「問題が深刻で複雑になるあまり、社会が対応策を『考えられなくなる』限界である認知閾に達してしまうと、問題は未解決のまま次の世代に先送りされる。それを繰り返すうちに歯車がはずれてしまう」とし「対症療法は成功すればするほど危険が大きくなる。なぜなら目先の症状が消えただけで、完治したと誤解するからだ」とするあたりは、システム思考そのままであり、非常によく理解できる。


「知識と思い込みが肩を並べて共存し、おたがいの存在を脅かさないときには人類は進歩する。しかし、複雑さのせいで知識の取り込みが手に負えなくなってくると、あとは思い込みしかない。停滞と思い込みが社会に現れ始めると、崩壊のお膳立ては整ったといえる」という洞察と「単純な手法では歯がたたないとわかったとき、宗教という思い込みが一気に流れ込み、知識の後釜におさまった」という指摘はかなり興味深い。


そして、人間が陥る罠のスーパーミーム(社会に広く受け入れられている情報、思考、感情、行動)こそが危険だとする。「スーパーミームがひとたび定着すると、もはやそれ以外の選択肢を創造することが難しくなる。それを否定する証拠を突き付けられても、私たちはなお信じ続ける」「先進的な文明では、知識を獲得するのが難しくなってくると、思い込みが知識に勝ってしまう」「思い込みは、知識獲得の能力に反比例して強くなる。脳の処理能力を超えた複雑な事態に直面すると、私たちはあやふやなイデオロギーに染まり、『長いものに巻かれる』心理に支配される」「意識的な決断より、同調のほうがはるかに楽」のあたりは、心理学をかじっていればすぐに理解できることだ。それが文明崩壊をもたらすのは、なぜなのか?


スーパーミームの罠①:反対という名の思考停止
「『何でも反対』の文化は、思考や行動が画一化しがち」「手に負えない状況に直面した時、私たちはまず良く知っているものに逃げ込む。たとえそれが失敗を意味するとしても」「未知のものに近づくときは危険がともなう」という指摘ももちろんだが、「扱いきれない問題に直面した脳は、自らの能力に合わせて問題を単純化してしまい、従来の解決策で対応しようとする」が非常に危険だ。かのアインシュタインも『いかなる問題も、それをつくりだした同じ意識によって解決することはできまない』と指摘しているとおりである。
スーパーミームの罠②:個人への責任転嫁
「問題が複雑で危険になり、対処不能となると、指導者は脅威を回避する責任を個人に向け始める。そうなると、本来ならば問題解決のために使われるべき資源、労力、関心が、個人攻撃に向けられる」という指摘は、2021年コロナ禍の日本には重く響く…「今日、私たちを苦しめる問題はほぼ例外なくシステムに由来する。さまざまなプロセス、社会制度、法律、テクノロジー、行動、価値観、信念、伝統、そして進化の限界が迷路のように複雑にからみあい、意図せざる形で副産物を生み出す」というのが実態なのだが。
スーパーミームの罠③:関係のこじつけ
「これが出現するのは、1)相関関係を原因だと思い込む。2)リバース・エンジニアリング(都合のよい事実だけつなぎあわせて、望んだとおりの結果を導きだす)で証拠を操作する。3)多数決で基本事実を決定する。の3つが成立した時」とし「事実をしっかり把握できないと、手ごわい驚異の原因を見極める能力も失われる。知識の代わりに思いこみを受けいれる『システム』ができあがってしまう」と警鐘を鳴らす。
スーパーミームの罠④:サイロ思考
「共通の目的を持つ個人や集団が協力することを促すのではなく、反対にそれらの関係を損ね、競争と対立を助長する」
スーパーミームの罠⑤:行き過ぎた経済偏重
「経済的な損益が成功の尺度になり、ビジネスとして優秀であることと、文明として優れていることが混同されるようになった」「たいていの人はお金を得る代わりに心をなくす」というのは直感理解できるし「システム的な問題には障害がいくつもあるが、なかでも最大なのは、実は技術的なことではなく『利益性』なのである」というのは、なるほど納得である。


筆者は、これらを短期の緩和策で処理する試みは失敗する、と断じる。「①緩和策が解決策と混同されてしまう②問題解決への危機感が薄れる③システム的な問題にシステム的に取り組めない④持続可能性がない⑤一度にひとつのことしか改善しない」と述べる。


では、スーパーミームを打ち破るにはどうするか。前提として「文明の成功を支えるのは、多種多様なミーム。発想、技術、信念の選択肢が多ければ多いほど、社会や環境にとつぜん降りかかる大きな変化にも巧みに対応できる」とし「スーパーミームがいかに進歩を妨げるかを理解する」「大胆なパラダイムシフトをあえて選択する」ことを提唱するが、それを実践するのが難しいんだよな…
ということで、もう少し噛み砕いた説明が出てくる。「問題が複雑になると、効率は落ちるものなのだ。本質とか根本原因を理解できないのに、問題にメスを入れることはできない。となると無駄は承知で小さい対策をいくつも実行するしかない」「複雑な問題に取り組むには、並行漸進主義を実践し、知識と思い込みのバランスを快復し、ひらめきを待つ」は、まだ実践可能性を感じる。


では、そのひらめきを起こすには?まず前提として「脳は、これまでに受け継ぎ、経験し、学習したことからしか答えを引き出せない」「ひらめくためには、大いに学習して『中身』を増やすことが肝要」とする。
そのうえで「4人以上10人未満で問題解決に取り組む」「ウォーキングで、脳内でのデータ認識・処理力を上げる」「脳を活発にするため、新しい刺激にさらされる」「休憩やリラクゼーションをとる」「集中し、注意を向け、不要な考えを振り払う」ことを推奨する。
要するに、脳に余計な負荷をかける「重圧、ストレス、批判、否定的な態度、暗い気分」を避け、「一日に6〜8時間の睡眠をとり、脳に良いとされる食べ物を充分摂取して、刺激的な環境で運動する」ことなのだ。それ、現実にはめっちゃ難しいのだが…


コロナ禍にあえぐ2021年。「人類が種として成功した二大要因は、二足歩行とひらめきの出現」という筆者の指摘どおり、何か別の突破口を見出さないと、この閉塞した社会は変わらないのかな…と感じさせられた。2012年の本だが、非常に新鮮に面白く読めた。