世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】細谷功「具体⇄抽象トレーニング」

今年175冊目読了。ビジネスコンサルタントの筆者が、具体と抽象の関係性から、どのように見ている諸元を行き来して物事を理解するか、を提唱する一冊。


さらりと読めるうえに、中身が実にしっかりしていて、とても興味深く面白く読むことができた。途中にワークがはいっていて、考え方の練習ができるのもよい。


ものごとの捉え方について「各個人にとって自分が下した意思決定を行動に移す場面においては、『全て正解』だと思い込んで実行に移すことが重要」「『問題には正解があり、知識量のみが優劣を決める』という価値観から抜け出して、具体と抽象の往復によって『自分なりの解』を見つける」と、正解ありきの日本学歴主義に疑義を呈するところからスタート。これは確かにそのとおりだな。


また、抽象・具体で陥りがちな罠として「抽象病というのは、口だけでアクションにつながっていないことが問題。具体病というのは思考停止した状態で、このような人の仕事は真っ先に機械に置き換えられていく」「スマートフォンを使っての極めて断片的なネット記事の『読書』は、抽象概念を扱う能力を確実に奪っていく。このことの行きつく先は『AIが指示することをひたすらこなすだけの人間』になる。そのような『AI側』の構想や仕組みを考えたり構築する人には、個別事象の抽象化や概念の具体化といった能力が必須になってくる」「『本質という言葉の本質』は、『自分にとって都合が良い性質を抜き出したもの』」と警告。


では、どうすればよいのか。「系がリセットされるべき変革期においては特に抽象度の高いことを考える必要があり、系が連続的に変化する状況においては具体で肉付けすることが重要になる」と問題提起をする。
そのうえで、「問題解決の3パターンは①具体→具体の問題解決:表面的問題解決②抽象→抽象の問題解決:机上の問題解決③具体→抽象→具体の問題解決:根本的問題解決」「『どちらが正しいか?』という議論よりも『いま対象にしている領域は川上側なのか川下側なのか』を判断すれば、どちらがその場面で適切なのかは自動的にわかってくる場合がほとんど」「他人のことはなるべく具体的で詳細な事情までを考慮するようにし、自分のことはあまり特別視せずに引いた眼で一般化してみるくらいが、他人とのコミュニケーションではちょうど良くなる」「成功と失敗の軸をちょうど真ん中の『0』を折り目にして、両端を合わせる形で折り曲げると、両極端だった『成功』と『失敗』が同じ場所で重なり、その対極が『どちらでもない』という構図になる。このように物事を見ると、全く違った世界観が現れる」と、実際的な解決策を述べる。
さらに「抽象的なことに『気づいてしまった人の主張』は、『勝手に一人で言っているから賛同したい人は賛同してください』くらいでちょうどいい」「仕事という問題解決が『依頼する→依頼される』という一連の抽象から具体への変換行為だとすると、依頼者と被依頼者の関係は『抽象から具体への流れを走るリレーの、バトンを渡す側と渡される側』」という留意点は、なるほどなぁと唸らされる。


抽象化については「メタの上位視点を持つこと」「同じ属性を持ったもの同士をまとめて1つに扱う分類の機能」「ある意味で(目的に合わせて)都合の良いように特定の属性だけを切り取る事」という定義をしており、これはわかりやすい。


人間の陥りがちな罠としては「人間の思考は具体的に考えるほうが楽で自然であり、抽象概念を操ることは意識しないとなかなか実践できない」「物事の因果関係をもたらす可能性のある変数は無限に近く存在するために、何が本当の因果の元なのかは検証のしようがない場合が多く、都合の良いように因果関係を見てしまう」「コミュニケーションギャップが後を絶たない理由の一つは『スタンスの違いが存在すること自体が認識されていない』というメタのレベルに存在する」「絶対値よりも変化や相対値に敏感である」「言葉は、人類が抽象化によって生み出した最大最強のツールだが、『都合の良いように切り取る』ことで多大な効果を生み出すと同時に、様々な誤解を生み出す『諸悪の根源』でもある」のあたりが非常に興味深い。


日本社会の宿痾として「日本社会の多くの分野では『皆の意見を聞いてから決める』という川下の発想が支配している。このことは系を刷新するような川上の発想が概ね苦手であることを示している」「モノづくり教の教義●バラつきは悪である●ルールで皆の足並みをそろえよ●仕事は『属人化』してはならない●失敗には必ず原因があり、二度と繰り返してはならない●可能な限り標準化せよ●指標を決めて管理せよ●『効率化』が全てである…は、デジタル革命におけるイノベーションを生み出すには”制約”となる」という指摘があるが、これは本当にその通りだな…暗澹たる気持ちになる。


とはいえ、立ち止まっていても仕方ない。「行動とは『自ら能動的にリスクを取る事で他人に影響を与えること』」を意識して、行動したくなる本。これはお薦めだ。