世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】アレックス・カー、清野由美「観光亡国論」

今年133冊目読了。東洋文化研究者にしてNPO法人「篪庵(ちいおり)トラスト」理事長と、ジャーナリストの筆者が、オーバーツーリズムへの建設的な解決を検討する一冊。
 
なぜ、日本は今、観光なのか。「多くの人が『観光のために周辺環境が悪くなった』と思う状態がオーバーツーリズム」と定義し「穴場だった名所でも、今はひとたびSNSで拡散されるや、たちどころに荒らされてしまう」と現状を憂えつつも「人口減少、空き家問題の中でも、成長余地が十分に残された観光産業の育成は、日本にとって数少ない救いの道」「地方の町や村は、観光という起爆剤を持ち込まないと、やがて経済が回らなくなり、消滅への道をたどってしまいかねない」と述べる。
 
でも、現状については「宿泊や旅行業界は旅行会社が仕切る大量生産、大量消費のパターンを引きずっており、今の時代にマッチしたパターンに切り替わっていない」「民泊ブームは、地域の安全を脅かすとともに、地下の高騰にも拍車をかけた」「昔の様式を、昔のままに伝えていくと、文化を化石化させ、ゾンビ化してしまう。他方、文化の核心への理解がなければ、本質とは異なるフランケンシュタイン化してしまう」「歴史的な文化や文化財を扱う人たちが、本来の意味合いを忘れて、観光客向けに安っぽいものを提供し、稚拙化している」「大型観光は、数十分だけ滞在して、写真を撮って帰る。土地に対する愛情もなければ理解もない」と、非常に手厳しい。
 
では、どうすべきか。「観光立国は、適切な『マネージメント』と『コントロール』を行った上でのこと。億単位で観光客が移動する時代には『量』ではなく『価値』を極めることを最大限に追求するべき。それらをいかに適切に設計し、実行するかぎ肝要」「オーバーキャパシティに直面している世界の観光地の多くは『総量規制』と『誘導対策』という二つのアプローチで対応を探っている」「観光名所から遠いところに車やバスを停めさせると、不便さが増して、不満が噴出するイメージがある。しかし実はその土地に、商売・生活・景観・文化に関するメリットが生じる」「公共工事に『景観保護』あるいは『景観回復』の観点を十分に反映させる」「看板公害への対策は、看板を減らす、看板の位置を検討する、デザインに配慮する」「今後は、お金があるというより、知的な好奇心のある層がターゲット」などの提言は、なかなか頷かされるものがある。
 
そして、意識面にも言及する。「その場所に見合った対価を支払う、という気持ちを醸成しないと、日本が誇る資産は目減りするばかり」「『不便はすなわち悪』あるいは『醜悪な建造物を見ても何も感じない』といった意識が強いままでは、国にどんなに観光資源に恵まれた場所があろうとも、真の観光立国に結びつかない」とし「観光がプラスとマイナスのどちらに作用するかは、結局、市民が自分たちの文化をどれだけ理解し、誇りを持っているかにかかっている」と指摘する。
 
結論として「『クオンティティ』から『クオリティ』に観光を持っていかないといけない。それには、観光の持続的可能性を見据えた『長期滞在』『分散型』『小規模』がキーワードになる」「観光立国に必要なのは、質を追求する『クオリティ・ツーリズム』への転換、『分別』のあるゾーニング、そして『適切なマネジメントとコントロール』を目指す」とする。
 
旅行業に携わる者としては「旅行会社は観光過剰が生む『公害』に対して責任を取らない」の言及は、重くのしかかる。そして、世界遺産好きとしては「ユネスコ世界遺産登録を受けて、観光業で汚染された箇所を『ユネスコサイド』と呼ぶ」「ユネスコサイドの流れは①世界遺産に登録される、あるいは登録運動が起こる②観光客が押し寄せて遺産をゆっくり味わえなくなる③周辺に店や宿泊施設が乱立して景観がダメになる④登録値の本来の価値が変質する」という批判は、哀しいが事実でもある…
 
考えさせられる一冊だ。旅行、観光に関わる人、そうでなくとも旅行好きな人には一読をお薦めしたい。