世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチ「戦争は女の顔をしていない」

今年15冊目読了。ノーベル文学賞を受賞したウクライナ生まれのジャーナリストが、第二次世界大戦でロシア側として戦争に従事した女性への聞き取りをリアルにまとめ上げた一冊。


筆者は最初に「『女たちの』戦争にはそれなりの色、臭いがあり、光があり、気持ちが入っていた。そこには英雄もなく信じがたいような手柄もない。人間を超えてしまうようなスケールの事に関わっている人々がいるだけ。そこでは人間たちだけが苦しんでいるのではなく、土も、小鳥たちも、木々も苦しんでいる。地上に生きているもののすべてが、言葉もなく苦しんでいる。だからなお恐ろしい…」「男たちは歴史の陰に、事実の陰に、身を隠す。戦争で彼らの関心を惹くのは、行為であり、思想や様々な利害の対立だが、女たちは気持ちに支えられて立ち上がる。女たちは男には見えないものを見出す力がある」と、その動機を語る。
そのほかにも「苦悩というのは、秘められた真実にもっとも直接関係をもつ高度の情報だと思う。それは生きているということの神秘に直接かかわっている」「戦争はこれまでもそうだったように、この先もずっと人間の本質に触れるもっとも主要なもののひとつなのかもしれない。そして今もそうなのかもしれない。何も変わっていない」という人間の真理とも思える記述は非常に重い。


とにかく、ひたすら従軍した女性たちのコメントが重い。これは体験した人でないと絶対にわからない世界だな…


戦場については「私は撃つことに決めたの。そう決心した時、一瞬ひらめいた。『敵と言ったって人間だわ』と。両手が震えて、全身に悪寒が走った。恐怖のようなものが…。今でも、眠っているとき、ふとあの感覚がよみがえってくる…」「戦争は何でも真っ黒よ。血だけが別の色…血だけが赤いの…」「戦地では半分人間、半分獣という感じ。そう…ほかに生き延びる道はなかったわ。もし、人間の部分しかなかったら、生き延びられなかった」のあたりが心を打つ。


戦争というものに直面したときに、人が「人は死んでいきながら、やはり自分が死ぬということが信じられないんです、自分が死ぬって思わない」「戦争中私自身叫んでいました。『祖国のために!』『スターリンのために!』と。誰に強制されたわけでもなく…私は信じていた…それが生きているということだった…」などとなるのは、外からではわからないな…そして、その傷は「戦争から清らかなまま戻るのはむずかしいんだよ。あの地獄のあとで」「せめて一日でいいから戦争のない日を過ごしたい。戦争のことを思い出さない日を。せめて一日でいいから…」と、戦後にもなおダメージをもたらす。


女性ならではの苦悩は非常に多いが「兵隊であることが必要だった。でも、私たちはそのうえかわいい子でもいたかった…戦争中ずっと足を傷つけられたらどうしようということばかり心配していました。私は足がきれいだったの。男の人ならどうってことないんでしょ?脚がなくなったって、それでも、英雄だし、立派なお婿さんになれます。でも、女性が不具になってしまったら、もう将来は決まってしまうんです。女性としては終わりです」「祖国でどんな迎え方をされたか?涙なしでは語れません…40年もたったけど、まだほほが熱くなるわ。男たちは黙っていたけど、女たちは?女たちはこう言ったんです。『あんたたちが戦地で何をしていたか知ってるわ。若さで誘惑して、あたしたちの亭主と懇ろになってたんだろ。戦地のあばずれ、戦争の雌犬め…』ありとあらゆる侮辱を受けました…。ロシア語の汚い言葉は表現が豊富だから…」「戦地にいたことのある娘たちは大変だったよ。戦後はまた別の戦いがあった。それも恐ろしい戦いだった。男たちは私たちを置き去りにした。かばってくれなかった」のあたりは胸が痛くなる…


そして、あくまで記憶の掘り起こしであることについて「回顧とは、起きたことを、そしてあとかたもなく消えた現実を冷静に語り直すということではなく、時間を戻して、過去を新たに生み直すこと。語る人たちは、同時に創造し、自分の人生を『書いて』いる。『書き加え』たり『書き直し』たりもする。そこを注意しなければならない」「人間は年をとってくると、今まで生きてきたことは受け容れて、去っていくときの準備をしようとする。ただ、誰にも気づかれずに消えて行ってしまうなんてあまりに悔しい。何事もなしにそのまま消えていくなんて、過去を振り返ると、ただ語るだけではなく、ことの本質に迫りたくなってくる。何のために、こんな事が自分たちの身に起きたのかという問いに答えを見つけたくなる。すべてをある意味では許しの気持ちで、その悲しみをもって振り返る。死の事を想わずには人間の心の中のことは何も見えない。死の神秘こそがすべての上にある」と言及しているあたり、筆者の冷静さを感じる。


読んで思ったのは「思い出すのは恐ろしいことだけど、思い出さないってことほど恐ろしいことはないからね」ということに尽きるのではないか、ということ。


多くを語り掛けてくる本だが、相当に気持ちを作って読まないといけない。