世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】吉岡圭子「鉄道と愛国」

今年14冊目読了。朝日新聞記者として日中関係を取材したジャーナリストの筆者が、中国・アジア3万キロを列車で旅して考えたことをまとめた一冊。


鉄道立国・日本。しかし、それは現代アジアからの見方とは大きく乖離していることを痛感せざるを得ない。


筆者は「鉄道は、国家と個人、政治と経済、歴史と現在が交差し、越境し合う場所だ」と、その存在意義を高く評価するものの、日本の新幹線商戦について「新幹線商戦は、技術や価格だけでなく、外交や国際宣伝力も加味した『知的格闘技』」「新幹線には日本社会の『熱』が宿る。同じく巨額の資金がうごめく国家プロジェクトでも、ダムや橋とは違う」「新幹線を日本の『象徴』ととらえればとらえるほど、高速鉄道商戦と両国の世論は切り離せなくなる」と、冷静になることを提言する。


他方、隣国・中国の問題点は「中国では未知数な技術を用いて人を乗せて走る実験ができる。命の値段が安いのだ。同時に、この強引さが中国の科学技術の発展を速めている面もある」「スマホ決済システム、シェア自転車、ネット通販、そして高速鉄道。中国のネット上で飛び交う『中国の新四大発明』には、なぜか高速鉄道まで含まれている。かつては『師匠』と仰いだ欧州や日本の鉄道技術力への敬意は薄れ、いつのまにか自らの発明にすり替えてしまった」「中国の鉄道博物館は、いずれも列強に鉄道の利権を奪われて管理された屈辱の歴史を強調する。21世紀に入ってからは日欧など外国から技術を取り入れて基礎を固めたあと、独自技術を磨いて築いた高速鉄道網が驚異の発展を遂げる成功物語へと転じる。まさに、中国共産党による建国が、アヘン戦争以来の『国恥』を中華民族の復興へと塗り替えたとする歴史観そのもの」と記述している。本当に信用できない政権だなぁとしか思えない…
そんな中で、中国の高速鉄道モデルも危険だと指摘。「国内外を問わず、経済成長の継続が前提だ。巨額の資金を投じても、お客が増えていれば回収できる。周辺の不動産開発でも稼げる。その循環が止まったとき、負担を背負うのは誰か。危ういゲームが続く」は2024年2月時点でもそうだと感じる。経済成長にブレーキがかかると中国は一気に歯車が逆回転するような危うさがある。


新興国にとって高速鉄道は、ただの乗り物ではない。政治家は発展の象徴や自らの実績のレガシーとして、国民にアピールする道具に使いたがる。敗戦から復興し、高度成長期にあった日本が、新幹線に乗り物を超えた夢とプライドを託したように」


筆者は、取材に基づき、日本の援助というものについて「援助は感謝されるためにするものではないし、それはこだわりすぎの議論。そこに必要性があって、双方の依存関係の上に利益を受ける人たちがいるから援助する」「ODA円借款を投じるなら、日本政府は国民に向けてきちんと説明する必要がある。新幹線の輸出そのものを否定するつもりはないが、不透明な事業の進め方には問題がある」「日本自身がやるべきことがもっとある。自らの文化の発信に対して、どれだけの力を注ぎ込んでいるだろうか。せっかく親しみを持ってくれている人たちの関心に、どう応えているだろうか」と、地に足を着いた考え方を展開する。
そして、つらいことではあるが「日本あるいは日本人は自画像を更新する必要がある。日本がアジアで唯一の高速鉄道を造り、走らせることができた国であった時代は、とうの昔に過ぎ去った。中国や韓国もそれぞれのやり方で造り、走らせている」「アジアの国々にとって日本は『老いて硬直した』存在に見え始めている」という指摘は本当にそのとおりなんだろうな・・


そんな中でも「鉄道は、市民の足だ。国家のみえを張り合う道具ではない」「鉄道は自由で開かれた社会でなければ本来の機能を存分に果たせない」のあたりは、やはりどんなに世の中が移ろいゆきても、鉄道というものの価値を感じさせてくれる。