世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】久坂部羊「人はどう死ぬのか」

今年115冊目読了。医師にして小説家の筆者が、数々の死を目の当たりにしてきた経験から終末医療、死との向き合い方を考察する一冊。


終末医療に向き合った筆者が「悲惨な現実や辛口の指摘を書いたが、それは危機管理として、心の準備をするために必要だと思ったから」というのは本当に深く響く。


人々の『理想的な死』という幻想に対し「死は一発勝負で、練習ができない。せめて他の人を参考にすべきだし、その数は多いほうがいい。ところが、医療が進歩し、死が病院の中に隠されるようになって、死はどんどん世間の目から遠ざけられた」「安心への渇望に取り入った楽観的すぎる発言等が、人々を油断させ、ひいては上手な最期への準備を怠らせているのではないか」「死の実際を見るなら、レアケースも視野に入れる必要があるし、危機管理的には、最悪のケースや決断が困難な状況も、考えておく必要がある。それがいざというときの心の準備になる」と、痛烈に批判を述べる。


筆者は実際に終末医療を見ているだけに「昏睡状態になれば、意識がなくなり、いっさいの表情は消え、下顎呼吸がはじまる。顎を突き出すような呼吸で、こらが死のポイント・オブ・ノーリターン。呼吸中枢の機能低下によるものなので、酸素を吸わせても意味がない。回復の見込みはゼロ」「全員、死んだあとは無表情。死んだら完全な無が訪れる。喜びや楽しみも消える代わりに、いっさいの煩悶、苦悩、悲嘆、憤怒、絶望、失望、後悔、落胆、屈辱、嫉妬、恨みも、悔しさも呪詛も怨念も感じなくなる。死の恐怖を感じようにも感じられない」という説得力は半端ない。


筆者は医療の限界についてもよく理解している。「手続き上、人は医者が死亡を確認するまで生きていると見なされる」「高度な医療がなかった時代は、死を受け入れざるを得ないので、人は比較的きれいに死んでいた。医療が進んで、死を押しとどめる治療ができたおかげで、助かる人も増えた代わりに、助からない場合は悲惨な延命治療になってしまう」「助かる見込みがあるなら、病院で治療を受けたいという人は、悲惨な延命治療になるリスクを受け入れる必要がある。助かる見込みがあれば治療を受けたいけれど、悲惨な延命治療はぜったいにイヤというのは、両立しない」「死に対して医療は無力なのに、世間の人はそう思っていないので、医者はベストを尽くすフリをせざるを得ない。それが患者さん本人にとって、どれほどの害を与えていることか」「高齢者医療の現場にいた私は、百歳近くまで生きて悲惨な状況の患者さんを間近に見て、何度、長生きは考え物だと思ったか」のあたりの言及は、さすがとうならされる。


では、どうすればよいのか。「早すぎる死は困るが、ある程度の年になれば、死を受け入れるほうが上手に死ねる」「経験上、苦しみたくないと思っている人ほど、苦しむというのが人間の死」「死を受け入れるなどもってのほか、最後まであきらめずに頑張るべきだなどというのは、明らかに空論。早すぎるあきらめは問題だが、人は必ず最期を迎えるのだから、そのときは静かに受け入れたほうが安らか」という提言は、そうだよなぁと納得するしかない


死にゆく人の家族に対しての「死の直前には点滴も酸素マスクも効果がなく、むしろ当人の負担になるだけで、それをすることで当人が楽になったり、ましてや寿命が延びたりすることはあり得ないと、わかっているからこそ、静かに見送ることができる」「昭和のはじめごろまで、多くの人が自宅でなくなっていた。かつてできたことが、文明が進歩した今、逆にできなくなるというのはおかしい。できない理由があるとすれば、不安と心配が増大しすぎたせい」「自分が死んで欲しくないからと言って、家族を含め、自分以外の人間に生きることを強いる権利があるのか。特にその本人が極度の苦しみや忌避感を抱いているとき、死ぬ以外にそこから逃れられないとき、本人の意思を大事にするのであれば、周囲の死んで欲しくないと言う気持ちは、慎ましやかに抑えるべき」という提言も、実に重い。なるほどなぁ…


色々考えさせられる中で「苦しみから目を逸らして、最期にツケを払うか、早めに苦しい思いを乗り越えて、人生をうまく仕舞うか、いずれか」という提言は深いし、「死に目より大事なのはそれまでの時間、すなわちふだん」「その日は必ず訪れるのに、拒絶し、考えないようにし、“ふだん”という貴重な時間をいい加減にやりすごしているから、取り乱し、深い悲しみに苦しむ」は、実践に基づくだけにその言葉が陳腐にならずに読者の胸に刺さる…これは良書だ。死ぬことを運命づけられている日本人(※以外の人もそうなのだが、特に日本の社会状況を筆者は深く抉っている)必読の書かもしれない。