世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】ジョナサン・ゴットシャル「ストーリーが世界を滅ぼす」

今年74冊目読了。ワシントン&ジェファーソン大学英語学科特別研究員の筆者が、物語があなたの脳を操作する危険性に言及する一冊。


畏敬する読書家の先達がお薦めしていたので読んだ。やはり信頼する人が薦めてくれる本は本当にヒットするなぁ。


まず、筆者はコミュニケーションについて「私たちが一生の間たえまなく行うコミュニケーションの重要な主目的は、他人の心に影響を与えること。考え方、感じ方、ひいては行動を自分になびかせること」「私たちが一生を駄弁って過ごすのは、コミュニケーターとしての力量が、なびかせる力、つまり他人に動かされるのではなく他人をどれだけ自分の意に従わせられるかの指標だからだ」と定義する。これは、確かに核心を突いているなぁ。


そして、そこから「ストーリーテリングは人類に『必要不可欠な毒』。人間が生きるために必須だが、死にもつながる」「最も差し迫った問いは、『どうすれば物語によって世界を変えられるか』ではない。『どうすれば物語から世界を救えるか』だ」と、物語の『毒』について言及。「皮肉にも、自分は物語の語り手になびかないという私たちの愚かな自信こそが、物語にかくも大きななびかせる力を与えている」としたうえで「物語の危険性の正体は、3つのつながり合った真実である。①人は物語を求める。②物語は問題を求める。③問題はそれを起こした悪者を求める。」と、その危なさを解き明かす。


ストーリーの特徴については「優れたストーリーテラーは主張の内容を精査し評価する脳のプロセスを巧みに回避する。理性の吟味を経ずに情報や信念(それも往々にしてきわめて強い)を植え付けることができるのだ」「たいてい理性より感情に訴えるほうがかつ。受け手に要点を感じてもらうためには、物語を使わなければならない」と言及。ストーリーテリングが他の情報伝達手段に比べて優位なのは「1)私たちは物語とその伝え手を愛する。2)物語は粘着力がある。3)物語ほど注意を釘付けにするものはない。4)優れた物語は人に話さずにはいられない」と述べる。
では、なぜストーリーはこれだけパワフルなのか。「話が終わった後も私たちをストーリーランドから離さないだけの魅力と考えさせる余白があるとき、物語は最も説得力を持つ」「感情は怒り、不安、高揚など活性化する感情と、満足や絶望のような不活性化する感情に分けられる。活性化する感情は生理反応を誘発する。心拍数を上げ、発汗させ、血圧を上げ、その間に私たちは行動を起こす準備をする。活性化する感情を喚起する物語は人に話したい気にさせる」は、体感としてもよくわかる。


実際、ストーリーのパワーはどう使われているのか「20世紀の悪夢のような全体主義の実験国家は、いずれもジャーナリズムから芸術まであらゆる形態のストーリーテリングを独占することにこだわった」「キリスト教の物語には福音の伝道と一神教的不寛容という二つのプログラムコードが含まれており、信者に物語を伝えるよう促すとともに、今後現れる新しい神々からの感染に対しての心の免疫をつけさせた」は間違いない。
そして、さらに現代社会は「ソーシャルメディアという止まらない、けっしてスイッチがオフにならない分断と誤報の装置は、他の何よりも私たちを振り回す遠心分離機なのだ」「『無料』デジタル経済とは、実はユーザーの情報、思考、願望、そして貴重な注目を、商品として売り買いする経済である」と、その悪影響がさらに酷くなっている、というのは全く同感。


そのような状況において、筆者は「陰謀論的世界観はエゴを満足させる。この点が、ひとたび陰謀論の世界にはまった人を現実に引き戻すのが難しい理由の一つだ」「物語は共感装置だ。これが機能するとき、私たちは別の世界、別人の心の中に飛ばされる。、物語はお互いを他者として見るのを、究極の形でやめさせてくれる。しかし私たちが物語の住人になりきっている間に、共感による別のエネルギーも激しい勢いでめぐっている。そのエネルギーとは憎しみだ。私たちは主人公に苦しみを与えている悪者を憎む」と、パワーの強さ故の危なさを認識する必要性を強調する。


最後に筆者は「疑うのは健全で良いことだ。疑うから慎重になれる。疑うから自分の主張に謙虚になれるし、別の物の見方に寛容になれる。疑いは狂信に対する予防薬だ。疑う世界のほうが良い世界だ」「物語を憎み、抵抗せよ。だがストーリーテラーを憎まないよう必死で努めよ。そして平和とあなた自身の魂のために、物語にだまされている気の毒な輩を軽蔑するな。本人が悪いのではないのだから。」と主張する。まさに、これがこの本の本質であり、この2つの文章だけでも十分に読んだ甲斐があったというものだ。


観光に携わる者としては「ストーリーが大事」とよく言うのだが、このような視点を踏まえることも非常に大事だと感じた。