世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】池谷裕二、糸井重里「海馬 脳は疲れない」

今年70冊目読了。東京大学薬学系研究科教授の筆者と名コピーライターの筆者が、対談しながら脳と記憶の本質に迫る一冊。


久々に三谷宏治お薦めの本を読んでみたが、安定の面白さ。「『よく生きる』ことと『より頭をよくする』ことのつながりを見つけていこう」という対談なんて、よく思いつくものだ。


脳の特性について「『もの忘れがひどい』はカン違い」「脳は疲れない(実際に疲れているのは『目』)」「脳は刺激がないことに耐えられない」「脳の機能は『情報を保存する』と『情報を処理する』しかない。記憶がなければ処理はあり得ない」「寝ることで記憶は整理される」「失恋や失敗が人をかしこくする」「やりすぎてしまった人が天才」「予想以上に脳は使い尽くせる」「言ってしまったことが未来を決める」「他人と繋がっている中で出た仮説には、意味がある」「脳細胞は若い時期にいちばん死ぬ。必要な脳細胞が死んでいくというよりも、神経回路をつくり損なったいらない神経細胞が死んでいく」というあたりは、20世紀の通説とはかなり違っていて、2004年の本ではあるが、アップデートの必要性を感じる。
また、脳と行動の関係について「一回分類をしてしまうと、それ以外の尺度では分類ができなくなってしまう」「脳は、わからないことがあるとウソをつく」「やりはじめないと、やる気は出ない」「『わかっている範囲』を中心に暮らしているが、世界が『わかっている範囲』でしかないと思うのは傲慢」というのは非常に理解できる。


いくら知識をつけても行動ベースに実装できないと意味がないのだが、この二人はそのへんもお手のもの。「手を動かすことが、いかにたくさん脳を使うことにつながっている」「大人はマンネリ化した気になってモノを見ているから、驚きや刺激が減ってしまう。刺激が減るから、印象に残らずにまるで記憶力が落ちたかのような錯覚を抱くようになる…生きることになれてはいけない。慣れた瞬間から、まわりの世界はつまらないものに見えてしまう」「『頭の良し悪し』の基準を『好き嫌い』だと考えるとすっきりするし、当たっている」「脳のインフラが整備されるのが30歳まで。それ以降につながりを発見する能力が飛躍的に伸びる。脳が経験メモリーうしの似た点を探すと『つながりの発見』が起こって、急に爆発的に頭のはたらきがよくなっていく」「脳は安定化したいので、自分があらかじめ言ったことに対しても、どんどん安定化していこうとする。いい意味でも悪い意味でも、言葉って呪いみたいなもの」「無意識の世界のほうが大きくて、無意識というのはほとんどウソつきだから、わたしたちはほんとうに気づかない」のあたりの記述は、実際の行動に生かせそうな言及だ。


海馬の特性も興味深い。「新鮮な刺激にさらされている人は、いつでも入力の判断をする海馬に刺激があるから、海馬が大きくなり、処理能力が増え、さらに対象にする刺激が増えるというポジティブな回転が起きるのではないか」「海馬にとっていちばんの刺激になるのが『空間の情報』。おもしろいことに、実際には動かなくても、頭の中で移動を想像するだけでもちゃんと刺激になる」のあたりは留意したいところ。


具体的にはどうしたらよいのか。「何かを打開したいなら、ストッパーを休ませることで、自分のそれまでのバランスを壊してでも前に出て行く、というようなことを時々やってみないと、ダメ」「旅は脳を鍛える」「ひとつだけの見方にとらわれないで、絶えず新しい組み合わせを探そうとするのは、いつでも生きていく動機が増えるということでもある」「信じることも重要。自分で自分をだまして、さらにそのうえで、その自分が心地よく動けるのは、とても大切」「人って、はじめてのことをする時に、いちばん鍛えられるんじゃないか」「問題はひとつずつ解こう」のあたりは有意義だと感じる。
さらに「脳に逆らうことが、クリエイティブ」「『これが、他人の悩みだったら…』が、悩みを解決するコツ」のあたりを意識すれば…とは思うが、つい自動操縦に陥るんだよな。気をつけないといけない。


そのほかに気になったのは「人のプロダクティブな活動はすべて、つながりの発見に根ざしていることが理解できる。幾多の次元で材料を編纂しながら人は生きている。試行錯誤、探求と失敗の繰り返し。人生はいわば編集作業だ」「つながりを発見するためには、ときに従来の常識に打ち克ち、固定観念を打破しながら奮進することが必要となる。暗黙の拘束を崩壊させる勇気。まさにエネルギーを要する作業だ。しかし、そうして生み出された発見は、将来さらに新たなつながりの発見に使用され、また、その産物も次の発見の材料となっていく」「生命の危機が脳を働かせる」のあたり。これだけの優秀な機能を使いこなせるかどうかは、本当に大事なところだな…