世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】高尾泰朗「ANA苦闘の1000日」

今年37冊目読了。航空や運輸、マクロ経済などを担当する日経ビジネス記者の筆者が、コロナ禍で売上が蒸発した「青い翼」ことANAが生き残りをかけた1000日の全記録をまとめた一冊。


自分自身も、コロナ禍で苦しんだ会社にいるが故に、非常に興味深く読んだ。これは迫真のドキュメンタリーだな。


ANAHD(ANAホールディングス、以下同じ)の復活に向けた動きは「コロナ禍襲来直後の素早い『輸血』、すなわち資金調達と、コスト削減という『止血』、そして旅客需要という屋台骨が傷む中で新たな収益源を模索する『体質改善』。その3つをもがきながら必死に進めてきたことで、ANAHDはようやく光明を見いだしつつある」に整理されると分析。


片野坂社長は「危機感を浸透させつつ希望も見せる。この両方が大事だった」とメッセージを発信し続けた。そして「『経営陣と社員が共通の危機意識を持つ』。言うは易しだが実際には難しいことがコロナ禍という未曾有の危機で実現できた」と、その意外な効果を述べるが、それは体感として間違いないな。


コロナ禍で「自力での復活のために必要なのは『身をかがめる』という覚悟だった。航空会社にとってそれは、保有機材数を減らして本業の事業規模を縮小することを意味する」「そして、ただ単に本業の事業規模を縮小するだけでは、長期的な成長は見込めない。身をかがめながら、事業ポートフォリオをどのように多様化させていくかも改革の焦点だった」という選択を取ったということも、頭では理解していたが、その生々しいインタビューが重く響く。


人事面においても「ただ休んでもらうよりも、人手がほしい企業で様々な経験を積んでもらう。そうすれば帰任後に出向中の経験を活かせるだろう」という柔軟な部外出向も行った。「コロナ禍をきっかけに社員がキャリアを真剣に考えるようになった。自分の強みは何か、自分を活かせる職場はどこかと考える機会になった」「社員が自らのキャリアを見つめ直し、その多様性に企業が対応することこそが個人、そして会社のレジリエンス(復元力)につながる」と、むしろ前向きに捉えるのは、今の日本に必要なことなんだろうな。


基幹事業が非常に強いことが「航空一本足の事業構造からの脱却を目指すANAHDにとって、航空事業のブランド力やサービス力を生かした商品が競争力を持つというヒントになった」「ANAHDのマイルビジネスは、端的に言えば『非日常』を演出する特典航空券の引力を活かし、マイルをためられる機械を増やしてマイル経済圏に多くの人々を引き込みながら事業規模を大きくしてきた。ただ、ANAHDにとって、非航空事業の割合は1割にすぎない」という状況を生んでいるのもまた事実。
ANAHDはLCCのピーチも運営しており「グループ内で複数のブランドを手掛けるマルチブランド戦略のかじ取りが難しいのは確かだ」。また新規事業についても「愚直な思いだけで成功するほど簡単な世界ではない。ただ、最初からあきらめていては成功することは絶対にないのも確かだ」「安全・安心のための慎重さが勝った結果、魅力を出し切れていなかった分野に商機がある」は、確かにそうだろうな。


今後「ANAHDが真の復活を果たすには、やはり国際線の収益力を取り戻すことが不可欠」という中において「社員が必要以上に多すぎることは収益構造を脆弱にさせる」「機械ができることは機械にやってもらって、人の『味付け』が必要なところは当然社員一人ひとりでカバーしていく。そうしていけば、1人当たりの生産性が高まり、社員数は削減されていく」「航空大手の間では『いかにサービス品質を高め、収益力を磨くか』だけでなく『いかに省人化を進め、収益構造を強固にするか』が競争軸となり始めている」。そんな中、筆者は「ANAHDをはじめとする日本のエアラインには、他国の同業にはない航空産業の圧倒的なブランド力がある」と指摘し、ここに鍵があると主張する。


何にせよ、「ヒトの流動を強制的にせき止め、リモートワークやオンライン会議を浸透させたコロナ禍を経て、人々は移動の必要性をあらためて問い直す機会を得た。同時に、リアルで人と人が接することの重要性を再認識する機会にもなった」はコロナ禍の教訓でもあり、真理でもある。非常に興味深く読むことができた本。