世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】山口裕之『みんな違ってみんないい』のか?

今年122冊目読了。徳島大学総合科学部教授の筆者が、相対主義と普遍主義の問題を、標題に沿って掘り下げる一冊。


ちょうど、『みんな違ってみんないい』では物事が進まなくなってしまう、ということを体感している時期に読んだので、非常に納得性が高かった。哲学的で、ちょいと頭を使わないといけないが、それだけの価値はあると思う。現代社会への警句という観点からも、意義深い。


現代の風潮について「多くの人は『人それぞれ』の相対主義か『真実は一つ』の普遍主義かという二者択一に陥りがちだが、相対主義も普遍主義も相手のことをよく理解しようとしない点では似たようなもの」と鋭くえぐる視点は見事だと感じた。


社会の様々な捉え方については「西洋文明は、普遍性を偏重する特殊な文明」「新自由主義は、個々人の自由を偏重して平等を軽視する。個々人は、他人に迷惑をかけない限りは何をしてもよいと考える。これは、一見すると他人を尊重しているように思うかもしれないが、要するに他人と関わらないでおこうということ」と、その特徴を明確化。そのうえで「多様な個人が個人単位でバラバラになってしまっては、社会的な力を発揮することができない。しかし、集団を形成することは個人の多様性を切り捨てることになる。どうしたら多様な個々人が抑圧されないようにしながら多数の人たちが連帯できるのかという困難な課題が、私たちに残されている」と、問題を提起する。
筆者の「他人を巻き込むことについては『人それぞれ』で済ませるわけにはいかない。他人と合意を作っていかなければならないことについて、『人それぞれ』などといって十分に話し合う努力をしないでいると、社会は分断されてしまう。分断された社会で何かを決めようとすれば、結局のところ暴力に頼るしかなくなる」という問題意識が、この本を支えている価値観だ。確かに、分断を独裁でまとめようとする2022年現在の風潮は物凄くこの流れに依っているなぁと感じる。


多様性について「言語や文化の多様性は人間にとって理解可能な範囲にとどまる」とし、その理由を「人間が生物として生きていくうえで必要なことは基本的に同じであり、社会はまずそれらを満たすために構成されるから」と見るのは、なんとなく理解できる。


では、どうすればよいのか。筆者は「『事実は人それぞれ』でも『真実ははじめから一つに決まっている』のでもなく、『正しい事実はそれに関わる人達の間で作っていくものだ』」「道徳的な正しさを作るための対話の出発点は個々人の道徳感情だが、正しい事実を作るための出発点は感覚器官による知覚」と言及する。
そのうえで、解決への提言として「『正しさ』は個々人が勝手に決めてよいものではなく、それに関わる他人が合意してはじめて『正しさ』になる」「人間は、おそらくは生物学的に感じてしまう感情を出発点として、それを自分たちなりに意味づけ、他人にその意味づけを伝え、話し合うことで『正しさ』の体系を自分たちで作っていく」「なるべく暴力をなくして、『より正しい正しさ』を作っていくように努力することが正しい」という姿勢を持つことを主張する。


なるほどなぁと思わされたのは「人間がいなくても自然界には自然法則が実在するかのように思えるが、それらが作られている過程を見てみると、人間の思い付きや試行錯誤によって法則や事実が創造されている」「『意味の場』を開くのは人間の欲求や関心の持ち方、つまりは人と物の関わり方」というところ。幅広い視野を持ちつつ、合意への努力を諦めない。勇気を貰える一冊だ。