世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】ジャック・アタリ「命の経済」

今年171冊目読了。フランス大統領顧問、欧州復興開発銀行初代総裁を歴任した筆者が、「パンデミック後、新しい世界が始まる」としてコロナ禍とその後を読み解く一冊。


コロナ禍の2020年7月に書かれた、洞察に満ちた本。もちろん、フランス人である筆者の見方(特に中国嫌い)はあるものの、それでもさすがの知性で、唸らされる。


国というものの特性について「国民の健康維持は国にとって負担ではなく財産」「いつの時代においても権力の源泉は、安全の追求に次いで、死に対する恐怖にある」「戦争が起きるたびに徹底した保護主義が導入され、ほとんどの場合、覇権国は表舞台から消える」と述べるあたりは、パンデミック抜きにしても納得。


死ということについて「死に意味を付与することに成功すると、その文明は繁栄する。逆に、死に意味を見出すことができないと、その文明は消滅する」「疫病には、罪悪、贖罪、希望という三つの意味が同時に宿る」「予見可能でひっそりと死ぬことができふ状況での死は容認される。一方、死が巷に溢れ、誰もがいつ何時死ぬかもしれないという状況での死は耐え難い。パンデミックでは、まさに後者の死が跋扈する」「死に意味を付すことの難しさ、そして死が意味をもたないと認めることのさらなる難しさを前に、われわれの社会はこっそりと少しずつ死を隠蔽するようになった」と指摘している点は、とても共感できる。


そして、本題のパンデミックについては「歴史上のおもなパンデミックと同様、今回ほ新型コロナウィルスによるパンデミックは、何よりもまず、すでに起こりつつあった数々の展開を加速させている。悲惨な展開も前向きな展開も等しく加速させる、残酷な促進剤だ」とする。
そのうえで、今回のコロナ禍については「災いだったのは、新型コロナウィルスの流行が始まったのが独裁政権の中国だったことだ。そして、続いての災いは、世界全体がパニックに陥り、近隣の民主国ではなく、独裁国家である中国の対応策を模倣したことだ」「感染爆発を許した背景は①医療制度を国の財産ではなく負荷だと見なすイデオロギー②世界の相互依存③自己満足し、自らを過信した人間が失った『悲劇は起こりうる』という感覚④利己主義、偏狭な視点、他人の考えを受け入れない態度⑤世界から見捨てられた層の存在」と、中国をベースにした対応を激しく批判。
さらに、政府の対応のまずさについて「各国の中央銀行はきちんと協議することなく寛容な政策を競い合った。つまり、自国の銀行と政府に対し長年にわたって際限なく融資してきた日本銀行の例を真似た」「新たな暮らしに国民を誘導するのではなく、物事が危機発生以前の状態に戻るのを待てばよいという安易な考えを容認した」と鋭く非難。日本の金融政策、やはりやり玉に挙がる…


そして、新型コロナの影響については「新型コロナウィルス感染拡大という医療危機の津波により、経済危機と社会崩壊という脅威が現実になった。そこには『自分さえよければ他人はどうでもいい』という態度が透けて見えた」「テレワークは、密集経済を停止させ、孤立経済を生み出す。これは多くの者が自発的に独房で暮らすような社会であり、引退した高齢者が生き延びるために若者を働かせないようにする社会だ」のあたりを指摘。機械を通じてやり取りすることについては「人間は、道具が増えると、より自由になれると考える。ところが現実には、人間は自分の能力を補ってくれる人工装具を増やすほど、その人工装具が発する命令に従うようになる。われわれが人工装具を利用する目的は、他者に自分の存在価値を認めてもらえると期待しながら自身の孤独感を紛らわせることだけだ。その他者も同様に孤独なのである」と厳しい目を向ける。


では、国家や世の中はどうあるべきか。「他者が健康であることは自分たちの利益になる」「医療分野、教育分野に投じる資金を増やせば増やすほど、国は豊かになる。教育は永続的、実践的、具体的でなくてはならない」とし、『命の経済』を提唱する。
「命の経済の範囲は、健康、疾病予防、衛生、スポーツ、文化、都市インフラ、住宅、食糧、農業、国土保全だけでなく、民主主義の機能、安全、防衛、ごみ処理、リサイクル、水道配水、再生可能エネルギーエコロジー生物多様性の保護、教育、研究、イノベーション、デジタル通信技術、商取引、物流、商品配送、公共交通、情報とメディア、保険、貯蓄と融資などが含まれる」「命の経済の中核をなす生態系の保護は、感染症の拡大を抑え込むために必要不可欠だ」「自動車、航空機、工作機械、ファッション、化学、プラスチック、化石燃料、贅沢品、観光などの部門で活動する企業が過去の市場を取り戻すことはないだろう」「今は生き残りの経済から命の経済へと移行すべきときだ。今こそ、放置された民主主義から闘う民主主義へと移行すべきである」「闘う民主主義の五原則は①代議制であること②命を守ること③謙虚であること④公平であること⑤将来世代の利益を民主的に考慮すること」と、未来像を描き出す。


また、今後のパンデミックについては「生態系の変化が及ぼす影響は多岐にわたる。その一つは、パンデミックの発生リスクが高まる可能性があることだ。多くの感染症は、平均気温の湿度の上昇、ごみの増加、海洋汚染によって悪化するだろう」「地球温暖化によって蚊の生息地が大きく変化するだろう。その結果、新たな種類のパンデミックが発生する恐れがある」「すでに多くの国では独裁政治の状態にある。この先、パンデミックが新たに発生すれば、独裁政治は拡大するのではないだろうか。なぜなら、パンデミックにより、人々は他者を警戒するようになり、他者への監視と引き換えに、自身が監視されることも容認するようになるからだ。恐怖のもとではつねに、自由よりも安全が優先される」と警鐘を鳴らす。


そんなコロナ禍を生きる中で、個人として大事にすべきという「ほとんどの創造性は、偶然の出会いや不意の会話から生じる」「企業を守るには①従業員が企業への帰属意識を感じられるようにする方法を探す②職場を、従業員が働きやすい雰囲気にする」「日々の時間は、不安や浅はかなことに費やすべきでない。働く時間は、単に稼ぐためだけでなく、創造的であるべき」「『自己になる』には、自分自身に嘘をつかないことと、無能を教義で覆い隠さないこと」「違いや識別のあるところにしか生命は宿らない」のあたりは、おおいに参考になる。


最後のまとめで「危機後の世界を考えることは、俯瞰的に考察することであり、命について、そして人類の置かれている状況に思いを馳せることだ。かくも儚く脆弱であり、驚きに満ちた自分たちの人生をどのようにしたいのかを熟考することだ。人生はまた、稀有なものである。それは他者の命について考えることであり、人類と生きとし生けるものについて思考を巡らせることだ」と述べている観点は、大事にしたいと思う。


本当に勉強になるし、読み応えのある本だ。