世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】スティーブン・レヴィ―「暗号化」

今年172冊目読了。ニューズウィーク誌のチーフ・テクノロジー・ライターの筆者が、10年にわたる取材に基づいて、プライバシーを救った反乱者たちの物語に迫る一冊。


物語としての「国家権力とそれに対抗する者たち」の面白さと、暗号開発の面白さの両面があるが、なにせ中身があまりにも稠密過ぎて読み進めるのに非常に骨が折れる、というのもまた事実。


暗号作成と解読についての経緯は複雑怪奇だが、「メッセージを暗号化した鍵は復号化の道具にもなる」「公理1(暗号作成者へ)敵が暗号解読にかける時間と費用を甘く見るな。公理2(暗号解読者へ)平文を探せ」のあたりはわかりやすいし、「暗号を広く役立てようと思ったら、もちろんだれもが同じシステムを利用する必要がある。そうしたシステムの一本化は、システムがただならばずっと速く進む」というのも、頷ける。


暗号の民政化に対して、アメリカ政府が「恐ろしいことに、輸出規制では人々を手助けする明白な商用プログラムも武器と見なされてしまう。それも、拳銃や短剣程度ではなく、スティンガー・ミサイルや核爆弾のような大量破壊兵器と同列に扱われる」という考えのもと「アメリカ政府は、強力な暗号が一般に広まると敵対国やテロリストに利用され、国家の安全がおびやかされると考えた。そこで民生用暗号の強度に制限を設けた結果、暗号を利用するサービスの安全性が低下して、オンライン決済などの普及を阻害してしまった」という経緯をつまびらかにするあたりは、非常に興味深い。


そして、反乱者たちは「企業にはクレムリンなどどうでもよく、競合相手だけが気になった」「暗号が違法になれば、無法者だけが暗号を手にするようになる」「われわれは国家の安全をおびやかしたいわけじゃありません。国防に対する冷戦時代の官僚の考えがもう時代遅れなので捨ててほしいだけなのです。彼らは、恐ろしい脅威からわらわれを守るためだと言って、全市民の自由とプライバシーを奪おうとしています。それでいて、その脅威が何であるか説明しようとしないんですよ」として、果敢にアメリカ政府に挑戦し、勝利していく。今の便利さは、この努力に支えられていることなんて、全く知らなかった。勉強になる。


他方、筆者は政府側が「閉ざされた世界の臆病さと孤立主義が、『創造的な』失敗をもたらした」と指摘しつつ「国家安全保障の観点から見れば、用心深くなるのも当然だった。確かに、民生部門にまったく新しいシステムを導入するのは素晴らしいことだ。暗号を使ってデータを守ること自体が新しかったからだ。だが、政府の機密となると話は違ってくる。すでに信頼性の高いシステムが生死にかかわる状況で防御を行っているところでは、ある種の危険が生じるのだ」と述べている点はフェアだな、とも感じる。


発想、ということについての「異端は変化のきっかけだよ」「どんな問題が与えられても、必ず基本的な前提から疑って、その前提が正しくないことを指摘する疑問を提示するんです。解決を阻んでいそうな前提に対してね」という指摘は、あらゆる場面で活用可能だろうな、と感じた。